恋乞い 13
冬の肌寒さが嘘のの様に、頬を掠める風はふわりと温かい。
梅の花がつい最近咲いていたと思ったらら、薄紅色のけぶるような桜が木々に彩りを与えていた。
新生活の始まりを祝福しているように、咲き誇る桜の花を見てふと思う。
(今年も新生活が始まるのね)
と…。
そして、感じるのは今年が高校生活最後の年であるという現実。
部活に…高校後の進路…人生の小さな岐路に立つ今年の始まりに、期待と不安が入り混じる。
(あっという間に過ぎた高校生活って感じだな)
まだ1年あるけれど、私の中ではもう1年しかないという印象を受ける。
やることは山積みだけど…いかんせん時間は無い。
(後悔のない高校生活の最後をちゃんと送れるといいのだけど)
ヒラリと一片、目の前に舞い落ちてきた薄紅の一片に手を伸ばし手に平を空に向ける。
透けるように薄い紅色の花びらが運よく手のひらに乗る。
(幸先良いスタートが切れるといいのだけどな)
そっと、ソレを摘み生徒手帳の間に挟んで、私は教室へと向かう。
3年目の高校生活は、見知った顔と見慣れない顔が入り混じりながら、新たなクラスで緩やかに始まりを告げる。
と言っても、進路のことなどがあるから…あまり周りに関わっている余裕など無いのだけど。
それでも、不快な思いをしないように円滑な人間関係を築かねば、1年間は結構しんどいものになる。
その点を考えると私は割と、ましな方だと思う。
(今年もまた難儀しそうだよね…笠松君)
何故か私以外の女子と上手く会話のできない、想い人を思い浮かべて苦笑する。
(せめて、小堀君か…森山君のどっちかが同じクラスならまぁ何とかなるんだけど…如何せん進路の事が絡むから…微妙よね)
バスケ部トリオを頭に浮かべてつつ、結果がどうであれ何時かは自分の力で乗り越えなければ
いけない案件に、私は考えるのを止めた。
(私が考えても仕方がないしね…自立の第一歩だと思う)
そう区切りをつけて、私は3年生の生活のスタートを切ったのである。
学業に関しては、急激な変化は特になく…どちらかというと部活に関しての方が色々環境が変わる。
春休みの段階で、推薦入学を決めた特待生の新入生の一部はすでに、部活に参加し…顔を合わせているが、一般受験組の新入生が入ってくる。
全国区の強豪ということもあり、有り難い事に我がサッカー部の入部希望者は沢山居た。
ここから、どれだけの数が残るのかは神のぞ知るという点ではあるが、ひとまず多いに越したことは無い。
今年だけではなく、次年度につなげる逸材を育てるのも重要だからである。
今は伸び悩んでも、突然才能が開花する場合もあるので、新規に入った部員の扱いは結構繊細な仕事である。
中学生から高校生という生活基盤も変わる、環境に敏感な繊細なお年頃のメンタルケアも重要になる。
マネージャーとして細心の注意を払う必要があるのだ。
と言っても、私以外のマネージャーも顧問も部員も居る。
何も一人で気負うことは無い…足りないところはお互いに補い合えば良い…そういう部にうちのサッカー部はなっている。
だから基本的には私はあまり心配なく学校生活を過ごすことが出来る。
けれど…勿論例外がある。
笠松君関連とバスケ部だ。
(まぁ…これは一括りと言って良いかもしれないけど)
ふーと溜息一つ吐いて、少し前にバスケ部にやってきた、上野のパンダも真っ青なイケメン君を思い出す。
バスケ強豪校からやって来たキセキの世代の進化するオールラウンダーという二つ名を持つ、モデルもやっている新入生。
私の好みのタイプでも無いし、他の部活だから基本的には関係は無い。
好んで関わらなければ、特に問題無く過ごすことのできる存在。
けれど、幸か不幸か私は笠松君係り。
イケメン様の起こす部活内での愚痴も何故か、サッカー部の私のところに持ち込まれる。
・曰く、イケメン君に女子生徒の人気が集約していて辛い←(私に言われも困る)
・曰く、先輩への経緯が無く凄まじく生意気←(それは、部内で何とかしてほしい)
・曰く、取り巻き女子が周りに迷惑を掛けている←(そもそも管轄外)
等とお客様窓口の様に連日投書がやってくる状況である。
確実に私の関係ない方面で、胃痛とストレスがジワジワ体に侵食するという毎日に早変わりである。
「お役所でもなんでも無いんだけどな」
ポツリと思わず呟けば…不機嫌そうな声が返答する。
「人を無視して独り言スか?」
言われた言葉に、米神に鈍い痛みを思わず感じる。
(それを君が言っちゃうのか?)
小さくため息一つ吐いて、私は声の主を見やる。
「いい加減飽きないな〜と思ってね。バスケ部の新人君」
不機嫌を隠すことなくそう言葉をのせれば、相手も不機嫌そうな顔をする。
「黄瀬って立派な名前があるんスけど」
「うん。知ってるよ。モデルだっけ…それっでって感じだよね」
私はうんざりした気分で言葉を紡ぐ。
(まぁ…大人げないとは思うけど…私別に大人じゃないし…流石に、連日こんな風に悪意に満ちたと言うか…不満ばっかり言われても流石にイラつくんだよね)
心の中で、そう愚痴りながら大きなため息一つ吐く。
「な?」
間抜けた顔で、そう口にするモデル君に私のイライラは頂点に達していた。
(うん。これは、まったく何が悪いのか反省してなければ…意味すら分かってないって感じだね…まったく…笠松君や森山君はこの子にどんな教育をしているのかしら?流石に笑って往なすなんて無理だわ)
肩を竦めてみせてから、目に力を籠めて私は深呼吸一つした後、言葉を紡ぎだす。
「あのね。正直うんざりです。私はサッカー部マネージャーでバスケ部のお母さんになった覚えも無いのに、連日君に関する苦情の窓口。挙句の果てには当人まで、文句を言いにくるとか本当にありえない」
私が連日の不満をぶちまけると、黄瀬君は石になったように微動だにしなくなった。
「そもそも、君は部活だけじゃなく学校生活での上下関係を学ぶべきよ」
「ちょっとしか歳違わないのに、何で偉そうなんすか可愛げが無い女スね」
「可愛げが無くて結構よ。それに、笠松君からも多分言われたことあるかもしれないけど、偉いのよ君より断然にね。先輩なんだから」
「…」
「それとも、中学上がったばっかりのボウヤには難しくて理解できない?」
私の言葉に無言を貫く、モデル君に私は目に力を籠めて言葉を紡ぐ。
「天才だとかキセキの世代だとか、二つ名ついてテンション上がってる所悪いけどね、それはもう過去も話。高校は高校でリセットされるの…君はもう海常の黄瀬である自覚を持ちなさい。他校は他校、海常は海常。郷に入っては郷に従えって言葉ぐらい受験生してたから分かると思うけど、そこそこの学校に規則やルールがある。バスケ部はどうだか知らないけれど、サッカー部でそんな舐めきった口を先輩に言う人間が居たら、お引き取り願う所だわ。今回の件についてはしっかりと、笠松君とバスケ部顧問に報告するのでそのつもりで」
言い切った後に、完全に石化する失礼な後輩に冷たい一瞥を送り私は足早にその場を後にした。
(久しぶりに、やってしまったけど…また変な渾名付けられたらどうしようかしら?)
等と思いながら、私はこの件を報告すべく笠松君のクラスを目指すのであった。
(でも、あれだけ言ったら、もう私に近づいてこないだろうし…まぁ後はバスケ部さんにお任せって所かな…。笠松君の胃痛が増えそうだけど)
何て甘い考えだった事は、後日明らかになるのだけど…この時の私は考える余地もなかったのである。
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2016.1.28. From:Koumi Sunohara