恋乞い(9)  


あの一件の後、しばらくは周辺がバタバタと騒がしかった。

結果としてバスケ部と私との一悶着は、完全に私に軍配が上がった。
周りの人脈のお陰というべきか、色々な意味でハイスペックなサッカー部の部員と顧問のお陰なのか分かり兼ねるけど、私の日常に関しては一部を除いて平和である。

一部というのは、変についた渾名と森山君である。

「海常のジャンヌダルク様」

「…」

「ジャンヌちゃんってば…それとも戦女神様?それとも某パンのヒーロー?」

ふざけた言葉を紡ぎながら森山君は、性懲りもなくそう声をかけてくる。
空気を読めないのもここまでくれば、ある意味凄い存在だと思う。

(どこまでポーズでどこまで本気なんだか…)

我が部ののらりくらりと人を躱す顧問を思い出してゲンナリしつつも私は、仕方がなしに森山君に目を向けた。

「森山君。ゴール前に生き埋めにしてあげようか?さぞ立派な的になる事でしょうね」

「ジャンヌ様物騒」

「いいかげん、そこから離れてくれないかな」

「バスケ部…いや…海常中の噂の的だぜ。サッカー部のマネージャー様」

「それにしても、森山君は懲りない人だね」

「ん?」

「ウチの部員達からかなり手厳しい教育的指導を受けた筈なんだけど。懲りないよね」

夏のとある一件の際に、サッカー部一同より教育的指導を受けている森山君にあきれを感じる。

(もしかして…マゾ気あるのかしら?)

そんな事をぼんやりと思い浮かべつつ、ため息を吐く。

「で…。要件は?私をからかう為に来たんなら、それそうなりに覚悟してもらうけど。どうする?」

「あんなに素直で優しかったが…笠松並に男前になって」

それでも軽口を叩く森山君を冷ややかに見つめ返すと、彼は肩を竦めた。

「悪い。俺らだわ…其処は本当に想定外だった」

「想定されてたら本当に、生き埋めでフルボッコして、海常女子の冷たい視線に晒してやるわ」

森山君にそういい返しながら、私は冷ややかな視線を送る。
森山君に関わるとあまり…ほぼ90%の確率で問題しか起きないのだ。

「で…。茶化しにきたんだったら、不快だから何処か行ってくれるかしら?」

鋭く視線を投げれば、彼は降参と言いたげに両手を上げるポーズをとった。

「本当に悪いって思ってるだ。だから…少し話を聞いてくれると有りがたい」

何時もより幾分真面目な口調でそう告げる彼に、私は無言で少しだけ視線を和らげた。

「笠松の件…本当に感謝してる。有難う」

普段とは考え付かない雰囲気で、森山君はそう頭を下げた。

がジャンヌダルクだって言われた時。農夫の娘が神の啓示を受けて国のために身を粉にして…国を助け…命を落とす。何処までも献身的な姿に、“ああ、そうだって”…納得したんだ。俺達バスケ部は国なんだろうってさ。何もかも一人の娘に頼りきって…押し付けて…それでも、救いを求める姿に…だから…実際に以上に、俺はがジャンヌダルクって呼ばれる度に罪悪感が募る」

懺悔の様に紡がれるその言葉に私は、ただ黙って話を聞いた。

「笠松は気にするなって言うけど…第一…あれは…じゃなくて俺らがやらないといけなかった」

「そうだね」

が、ウチに乗り込んできたって聞いたときに冷や水を浴びせられる思いだった」

「そうっか…森山君は私が其処まで出来る人間だって思わなかったって事だね」

彼の言葉に、私がそう言うと…森山君はハッとした表情をした。

(笠松係だの…好きならどうのとか言ってやらせてた割に何にも信じてなかったって訳か…)

心の中でそう呟いてから、私は真っ直ぐ森山君を見据えた。

「森山君は私をかなり勘違いしてるよね。優しくないし…ジャンヌダルクでも…戦女神でもなんでも無いただの女子高生だよ。けどね、好きという気持ちは本気だし、あんな啖呵をきる程に本気だと言える。フラれた相手にそんな事をするぐらい未練もあるし、それでも好きだと思う。そんな人間を利用しておいて言う台詞なら笑えるね」



「森山君が酷い事をしている自覚があまり無いようだからストレートに言うけど」

そう言って言葉を一旦区切って、私は言葉を紡ぐ。

「最低だな。運命の女の子追い求めてるけど…無理じゃ無い?女心舐めるのも大概にしとけ、お前の理想の女の子何ざ少年誌のヒロインぐらいしか居なつーの」

「返す言葉も見当たりません」

縮こまる森山君に私は畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

「他人にばかりリスク負わせて、自分は何もしないだなんて甘いすぎよ。人生舐めるのも大概にしてね…まぁ…3年のIHの初戦終了まで。其処まで、笠松君係続けるけど」

…」

「まぁ…私のケジメでもあるしね。直接の当事者では無いけれど、見守る義務が私にあるしね。其処を超えたら。もう私は自由。森山君に何を言われようと…周りに何を言われても私は自由。サッカー部と自分の新しい恋を追いかける」

「ああ。分かった」

「私の時とちがって猶予は沢山上げるんだから、その後の笠松君へのアフターフォローしっかり頼みますよ森山君」

「手厳しいな…でもまぁ…自業自得だし。全力で、その約束は守ってみせる」

一抹の不安を感じながら、ウチの部員達が見せる様な本気の時の顔をを森山君がしていたので、今回ばかりは信用してみようかと思ったのである。


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2014.9.3.From:Koumi Sunohara

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