恋乞い(6)
顧問がちゃんと連絡を入れていてくれたお蔭で、かなりスムーズに武内先生に会うことができた。
始めは訝しそうにしていた部員も、武内先生がいなし少し静かになる。
込み入った話である旨匂わすと、武内先生は場所替えを提案してくれたのだが…それ待ったをかけたのは、部員達だった。どうやら、2年である私が来た事で…自分達がしている後ろ暗い事の話だと何かを感じたようだった。
完全なアウェーでの戦いに成ることは始めから想定の範囲内だった私は、武内先生の申し出をやんわりと断り、ここに来る理由である、IHと笠松君の件について切り出す事にした。
理性的に話をしていたが、あまりにもな態度に思わず私は横槍を入れてくる先輩方に向かって冷ややかな視線とともに言葉を紡ぐ事にした。
「文句はコートにに立ってから言うべきじゃないですか?少なくとも、笠松君を責めることが出来るのは…あのコートに立っていた人達だと思います」
「部外者がうるせーんだよ」
「部外者だからこそ、見えるものがあるんですよ」
「何だと」
「そもそもIHの勝敗、果たして笠松君だけが責められる問題でしょうか?一人だけの責任なって…団体競技には無い。戦犯はチーム全て。サッカーだってそう…決め続けていたエースがPKを外した。守護神がゴールを許した。駅伝で繋がらない母校の襷…。結局チームの総力を底上げしていなかった現実が負けに繋がる。必ずしもそうでは無くとも…勝負は水物で何が起きるかなって分からないけれど。文句ばっかり言っている貴方達は、自分で誇れる程努力をしたのですか?」
ダムから水を一気に放水するかの如く、私は一気に言葉を吐き出した。
(小娘の戯言だと笑いたければ笑えば良い。生意気な女だと言われても構わない。例え敵が増えてもこれだけは私は言いたかった)
水を打ったように静かになる場面で私は悔いは一切無かった。
少し間を置いて、我に返った何人かの先輩方が威圧感全開で此方を見ていた。
「言わせておけば、くどくどと講釈ばっかり言いやがって」
「意味わかんねぇーての」
「では…無礼を承知でハッキリ言わせてもらいます」
私は深呼吸を一つ吐いて言葉を紡ぐ。
「テメー等の技量不足を他人に押し付けるな。そもそも暴力をじゃない集団の暴行…つーかイジメだって言ってるんだ。トカゲのしっぽ切りしてるけど、明日は我が身だって事分かってる?自分がやられて嫌な事を人にするなって親から教わらなかったのかよ?ちったー考えろや」
普段は抑えているリミッターを外した私は、先輩だとか先生の前だとか考えずに言葉を荒げながらもそう口にした。
(オブラートに包みながらの言葉が伝わらないのなら仕方がないかな?)
少しだけ残る理性はそう思いながらも、何時もよりも眼力を強めて自分よりも大きな男共を見据えた。
「言わせておけば。チャラチャラしたサッカー部のマネージャー如きが」
人の事をチャラチャラと言う割に、私に文句をつけてくる先輩も大概チャライ風貌で私は内心呆れながらも、怯まずに睨みを利かせる。
「お言葉を…」
そう口にしようとした時に、不意に乗り込んだバスケ部の部室の戸が開き、一斉ににそちらに視線が向いた。
「マネージャ如きって失礼だね。レギュラーにも一軍にも入れないような言う子の言葉じゃ無いんじゃないかい?」
戸の陰から人影が浮かび、その人物がそう言葉を紡ぐ。
(先生…?)
その声は、掴みどころのない雰囲気を纏っている独特な響きで…先程まで話していた顧問その人の声だった。
「見た目はどうであれ、ウチ割と実績あるんだよね。だから、予算ももらえるし…月刊サッカーに取り上げられるウチのマネージャーであると文句を言ってる君とじゃ月とスッポンぐらい差があると思うけど。どう?」
言葉を紡ぎながら顧問は入ってくるなり、バスケ部員を見てそう口にした。
「グゥの根も出ない?だよね…君らが優秀だったら、2年生の所為にしてないだろうし…1個のミスぐらい簡単にリカバリー出来ちゃうだろうしね」
「…」
「さて、静かになった所で…」
そう一旦言葉を切った顧問は、静観していた武内先生の元へ足を進めた。
「そんなに笠松いらないんなら、ウチに頂戴よ武内君」
「なっ」
「ヘットハンティングは当たり前だろ?ウチならこんな風に寄ってたかって一人を用的に標的になってしないしさ」
「笠松はウチの部にとって無くては…」
「無くてはならないんならさ、大事にしろよ。この現状は、笠松を潰す以外の何物でも無いと俺は思うね。ウチの可愛いマネージャーが大激怒するほど…これはただ事じゃないねぇぜ。が俺の…いやほかの部活の連中も言いたかった事を全部言ったけどよ。そもそも、点取りするエースが文句ないぐらいに点数とってれば勝んだし…責任転換も良い所じゃないのかね?どうよ」
ジロリとバスケ部員を見渡した顧問は、そう尋ねた。
勿論、反論するものは誰もいなかった。
「フラストレーションの解消にスケープゴートを用意するのが一番手軽ってか?お気楽だね〜」
「いくら先生でもその言い方は」
バスケ部の一人がそう口にした。
「事実だろ。そもそも、明日は我が身って言葉知ってるか?こんな部活のままだと、何時か誰かが笠松と同じ目に合うんだぜ。友人だったや仲間だった奴…それが全て敵だ…。笠松と同じ状況になったとき…そこ考えろや」
グゥの根も出ない状況下で、やはり数人は文句を言う者も存在する。骨があるというべきなのか、何も考えていない空気の読めない奴なのか…恐らくは後者ではあるだろうけれど、顧問に向かってボソリと言葉を吐いた。
「余所の部活が干渉もいいとこじゃねぇかよ」
「他部への干渉だ?百も承知だ。覚悟もねぇで、こんな事できるかよ。サッカー部1年〜3年、1軍から3軍他のマネージャーの総意だ。海常高校サッカー部は、問題行動によって今後の試合停止覚悟の上でマネージャーの意見に賛同してる。チップも積まずに、のうのうと吠えてる連中と違うだよ。なぁ、お前ら」
「「ウッス。当然だぜ」」
顧問の言葉に、聞きなれた声が返ってくる。
ドアの向こう側には、先程送り出してくれたサッカー部の面々が軒を連ねていた。
(ああ…本当にこの人たちは私に甘い)
嬉しさと照れくささと様々な感情が胸を駆け巡る。
思わずこみ上げる熱いものを堪えて、私は足に踏ん張る力を加えた。
顧問は私を見て、部員を見て小さくうなづいた後に、キリッとした表情に変えて武内先生に話しかけた。
「上げた拳の下げ方も知ってはいるがプライドが邪魔して下げれない気持ちも分かるがよ。ここで、場を収めるのが顧問の務めだろ武内先生」
「スマン。こちらの不徳の致す所だ。正論過ぎて、返す言葉も見つからない」
普段の尊大な態度とは異なり、大きな体を所在なさ気に小さくさせた武内先生がそう返す。
その言葉に、冷笑を浮かべた顧問はさらに言葉をつづけた。
「で、バスケ部の覚悟を見せてもらえるのかな?」
「ああ。まず、…並びにサッカー部への報復行動をとった場合は謹慎処分もしくは退部とする。笠松に対してもだ。そもそも、この問題は顧問の俺の指導にも問題がないとはいえんし、チーム全体の問題だ。パスミス一つで負けるメンタルの弱さ…変にもった過信が招いた問題である事を徹底する」
「70点って所だがまぁ及第点か…で…はそれで良いか?」
顧問はそう辛口評価をしつつ、私に尋ねた。
私は小さく頷き相違がない旨態度で示した。
「ウチの戦女神がそう言うなら。まぁ良しとしてやるか。でも…まぁ次はねぇって事で」
飄々とした声音で前半はそう言い、後半は底冷えする冷たい声で顧問はそう締めくくった。
(あれ?私来る意味あった?)
不意にそんな思いを掠める私に、顧問は私の頭をポンポンと叩いてバスケ部の部室から出るように促した。
「さぁ…戦女神の凱旋だぜ野郎ども」
「「おおお!!!」」
「先生…ちょっと戦女神とか意味不明だから」
「ん?月サッカーのマネージャ特集のコーナーで勝利の女神って取り上げれれてるだろ。だからウチの戦女神はに決まってるだろ?」
「そうそう。海常のミネルバ…ジャンヌダルク…まぁ人それぞれ思い描くのは違えでども、は立派なマネージャーで勝利の女神だぜ」
顧問と部員の言葉で何故か完全アウェーのバスケ部の部室が、一気にサッカー部のホームになったぐらいの盛り上がりを見せた。
「さて、。後一つ大仕事が待ってるのは分かってるよな?外堀を綺麗にしたって…本丸がダメなら意味が無い。そうだろ?」
盛り上がりをみせる、面々の中から主将が不意にそう口にする。
「勿論です」
そう返した私に、皆は小さくうなづいた。
「愚問だったな。それでこそウチのマネージャーだ」
その言葉と共に私は再度皆に本命の元へ送り出されたのである。
この一件により私に変なあだ名がつく事になるなんて、この時は想像すらしていなかったのである。それでも笠松君が元気になるのなら、まぁ…私の変なあだ名やら…男前だと言われる現実も…安いものなのかもしれない。
NEXT→No7
2014.7.4.From:Koumi Sunohara