恋乞い(5)  

楽しい時、平穏な時というのは中々長くは続かない。
歴史を見ても明らかで…。
戦乱の世ほどの乱世なんて望んでなくて…せめて江戸時代…いや昭和の期間でも良いので、是非とも平和に過ごしていたい。

そんな風に思っていたし…自分の恋心さえ封印していれば、それそうなりに平和な学園生活を送れると…そう思っていたのに。

神様は中々に気難しいお方のようだった…。


夏の一幕から私は、笠松君との付き合い方に慣れてきて…部活も勉強もプライベートも充実して居た。
サッカー部は地区大会…県大会を経て、有難い事に全国大会へ駒を進めていたし…笠松君の居るバスケ部も同様にIHに駒を進めていた。

部活の兼ね合いも合って、お互いの試合を中々リアルタイムで見ることはできないけれど、中々良い流れだった。

そう…色々な意味で良い事尽くめだったのだ。

正負の法則という言葉をすっかりと忘れていた。
良いことも悪いことも半々だと言う事を…。

そもそも、勝負は水物。
勝ちがあれば負けもある…時々引き分けもあるけれど…戦う以上は白黒がハッキリつくのが世の理。

勝てば嬉しく、負ければ悔しい。
どちらも笑いあうことなんてきっと出来ないから、勝負は残酷だけれど…喜びも一入。
オセロの駒の様に明暗が分かれても、何処かで勝ちへの強い欲求と高揚感を感じたいからこそ…勝負というものはこの世から無くなりはしない。

まぁ…兎も角。
私や笠松君が身を置いているのは、勝つか負けるかのいずれか一つの椅子を巡るような部活に所属している。

勝てば官軍、負ければ賊軍。

分かっている…けれども、彼に対する風当たりはあまりにも酷いものだと感じていた。

こんな時に思う。

(バスケ部のマネージャーなら彼を守る事が出来ただろうか…?)

そんな風に思う。
けれど、私はサッカー部が好きだ。
笠松君の事が好きだけど…それと別物に…。

自分の部活と彼の人を天秤にかけたなら私は確実に前者を取る。
少し普通の恋する乙女では無いし…その子達からすれば。
薄情以外の何もでも無いかもしれないけれど、私はそう判断する。

だからこそ…(バスケ部マネージャーだったら…)とそう思わずにはいられない時がある。

(駆け寄って、背中を守りたいと…)

でもそれは…サッカー部を守るものとして出来ないと思う。
静観するしか無い…歯痒い思いのまま、私は笠松君に会えずじまいだった。

少しだけ、時間は流れ…親しくない海常の生徒の中にもバスケ部の話がささやかれ始める。
サッカー部で勿論話題に上がった。

サッカー部としての総意としては…。

『パスミスで負けたと言うけれど、それまでの試合の経緯はどうだったのか?』

その一言に尽きる。

大事な局面でのミスは大きな命取りかもしれない。
けれども、それまでにゴールを入れていれば…守りきれていれば…試合の全ての流れをみた上でどうなのかを考えなければいけない事柄。
誰か一人に責任に出来る物事ではけしてない。

例えば、他の競技でもそうだ。

今まで何十球を投げ続けていたエースが痛めた肩を押して、投げたボールが打たれた。

決め続けていたエースがPKを外した。

守護神がゴールを許した。

駅伝で繋がらない母校の襷…。

団体競技をしていれば必ず起きる事象。
外野がどうこう言ったとしても、仲間は身を粉にした仲間を労うものだと思う。
一番苦しいのは、当事者だと知っているし…明日は我が身なのだから。

それなのに、バスケ部は…笠松君を糾弾した。
OBに先輩…チームメイト…。
労わり…心を軽くする事に勤めるはずのホームの人間が寄ってたかって一人を攻撃する様は…下種の極みだと私は感じた。

笠松君が好きだからとかでは無く…。
スポーツに携わる人間として…、腹立たしく感じた。

憎悪の炎で燃やしつくせると思えるほど…に。

見たことが無い程憔悴しきった笠松君を見て私は心が痛くなった。
自分でもどうしようもない程の自責の念と…戻ることの無い時間…声無き声による悲痛な叫びが…たった一人の高校生にのしかかる様子は…あまりにも残酷でそして重い。

好きな人だから余計にそう思うのかもしれない。
私は善人でも悟りを開いた訳でも無いから。

けれども、何もできない自分は酷くもどかしく感じた。


グルグルと色々な感情が巡るのと同じように、時間も等しく巡るもの。
授業は普通にあるし、部活もある。

そういう事がある所為か部活中のは私は少し浮かない表情をどうやらしていたらしかった。



部長に不意に呼びとめれれて振り返る。

「はい」

普段少しおどける表情の主将が真面目な顔をして私を真っ直ぐ見た。

(流石に目に余る感じだったのかな)

笠松君に対する気持ちが部活に弊害が及ぼしているかもしれない事実に私は少しだけ暗い気持ちになった。
そんな私の気持ちとは裏腹に、主将の声は優しかった。

が思う通りに戦ってきて良い」

「え?」

「バスケ部に言いたいことがあるんじゃないのか?」

やんわりと、でも凛とした声が私に尋ねる。

「主将」

「いつだっての小さな背中に俺達は支えられて守られてきた。恋愛以外の事だったら、俺達はお前の背中ぐらい守れるぐらいの力はあるつもりだぞ」

兄のような眼差しでそう告げる主将に私は目を瞬かせた。

「でも…それじゃぁ」

後に続く言葉は…個人のエゴである…それなのに、主将の目は真っ直ぐだった。

「部活の事考えてくれているのは分かっている。周囲の心象は良いに越した事は無い…年寄りの古狸みたいな教師からサッカーが軟派だって思われているから余計にが、俺達の事を思っているのも知ってる。けどな…俺達だって同じ気持ちだ。が辛いなら支えになりたいと思うし、共に戦いたいと思う」

「そうだぜ。チームプレーだろ?マネージャーだってメンバーだって」

主将と仲間の言葉に私は目頭が熱くなった。

「勝てなくて落ちこんで部活を辞めようとした時に、が叱咤激励したから俺は居る」

「主将…そんなたいそうな事なんてしてないです」

がどう感じようとも受け手はそう感じてる。それにな、もし俺らの内の誰かがそうなったら、は迷わないだろ?笠松にだって一緒でいい。救えなくても良いんだ。何もしないで後悔するよりよっぽどな」

私の頭を数回かき混ぜた後、主将は私の背中をポンと押した。



グランドから体育館へ向かう時に、顧問の先生に遭遇した。

「漸く腹が決まったか、?」

「先生…」

「お前にしちゃー遅いって感じだけど。やっぱり、相手が相手なだけに変に考え込んだって所だろ?」

ニッと人の悪い顔をした顧問。

「何だ何だよ若人よ。小娘ちゃんの考える事が俺が分からないとでも思ったか?より伊達に年重ねてねぇし、自分の部活の大事な生徒の事ぐらい分かるんだよ」

ポンポンと頭を軽く叩く顧問に私は自分の周りが恵まれている事に感謝した。

笠松君にフラレ…何処か自分が悲劇のヒロインを演じていた様に思う。
周りは何時だって、私しに厳しいのでは無く、優しく見守ってくれている人が居ることに私の心は温かくなる。

友人とは毛色が違うけれど…少なくとも、私の大切な部活は私の一方的な片思いでは無く…共に思いやれる存在なのだと痛感する思いだった。

「サッカー部に迷惑かけるかもしれないですよ?」

「迷惑?上等だ。ガキの尻を拭うのは大人の務めだぜ。少し甘えるぐらいがに丁度良い。まぁ野郎に厳しく女子には優しくがスタンスだしなって…セクハラになるかこれ?」

おどけて言う、掴みどころが無いようで結構真面目な顧問の言葉に、私は「お言葉に甘えます」と小さく返す。

「甘えとけ甘えとけ」

「ふふふふ。私、サッカー部で本当に良かったです」

「当然だろ。俺が顧問なんだから。時に

「はい」

「大人って奴は結構不器用なもんでな…上げた拳の下げ方も知ってはいるがプライドが邪魔して下げれない事もある。がこれからやることは、決してお前さんにとって気分の良いもんじゃないし、結構風当たりが厳しいが、俺は…俺達は、逆境に立ち向かうそして打ち勝てると信じてる。何せ、サッカー部の勝利を呼ぶ戦女神だからな…軽く捻って来い」

「先生…大げさ…でも頑張ってきます」

「おう。ピンチになったら何時でも駆けつけるから安心してやって来い。武内にはお前さんが行く話はつけてるから安心しとけな」

そう言って先生は手をヒラヒラさせて立ち去って行った。

(普段何を考えてるか読めないけど…頼りになるんだよね先生って)

改めて、自分の置かれる状況の待遇の良さに感謝しつつ私は顧問がアポをとってくれているバスケ部部室へ足を急いだ。


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2014.7.4.From:Koumi Sunohara

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