毛玉猫娘の恩返し
大坪によるへの、編み物教室開催と家庭科作品提出があったのは記憶に新しい出来事だった。
その際、はお礼をしたいと申し出、大坪がお礼を断る男前ぶりを発揮したが、も譲らず…彼女が自信をもって作れる布草履を大坪にプレゼントすると言う約束で一先ず決着がついたと言う内様を知っているのは、この当事者二人だけである。
そんな訳で、は苦手の編み物のお礼を作る事にしたのである。
(本当に布草履と…カップケーキの差し入れで良いのかな?)
大坪に渡す布草履の準備をしながらは、数日前のやりとりを思い出しながらそう思っていた。
にしてみれば、大の苦手の…そして教師すら匙を投げる編み物指導をしてくれた救いの主である大坪のお礼が、布草履と差し入れで良いのか未だに納得できないでいた。
(別に生死がかかっている訳では無いけど…家庭科の成績が2になるか3になるか…学生としては死活問題な内容だけに…本当に良いのかしら?運動部何だから、お昼ごはん奢るとか…何かもっと良い物欲しがっても良いのに)
人の良い大坪を思い出しながら、はしみじみと思う。
(良い人過ぎて…大坪君の先行きが凄く心配になるんだけど…って…一番お世話になってる私が心配する内容じゃ無いわよね)
「はぁー」
短い溜息を一つ吐いては、取りあえず大坪に作る布草履の下準備整える。ちなみに、約束を取り付けた際に、は大坪のパーソナルデーターを大坪自身から受け取っていた。
ベースとなる紐を用意し、大坪の足のサイズを想定してベースを作る。は慣れた様子で、細く切った布を器用にベースになる紐に編みこんでゆく。
その作業ぶりは、正月の注連縄を作っていいる職人顔負けに淡々と仕事を進める。
このを見て、誰が編み物が苦手だと想像するだろうか?
宮地辺りなら…。
「そんなの出来るのに、編み物出来ないの意味分かんぇし…何なのお前?」
などと眉間に皺を寄せて言うだろう。
それでも人には得て不得手が存在する。基本国語が好きで、まぁ文系であっても英語が苦手だったり…理系でも数学は好きでも理科が苦手だったり十人十色であるのだ。
そんな訳で、宮地が例えの得意不得意に対して腹を立てて、気村の家の軽トラを要求したとしても無意味な事なのである。
兎も角、は何としても大坪への恩を報いる為にも丹精込めて布草履を制作することに決めたのである。
慣れている物と言うのは、集中力さえ欠けなければ案外すんなりと出来るものである。に至ってもソレに当てはまるらしく、1日も経たずに大坪への布草履が何故か3個も出来あがっていた。
(履いた事の無い布草履を3個も作ってしまった…)
出来あがった布草履を見ながらは少し肩を落とす。
(大坪君は優しいから特に不満は言わないだろうけど…宮地君辺りにバレたら煩そう…でもなぁ〜ウチのお父さんの足大坪君より小さいし…うーん)
やけに自分に絡む宮地の姿を浮かべてはゲンナリとしつつ、大坪以外の持ち主になりそうな知り合いの居ない現状に唸る。
(大坪君には申し訳ないけれど、3個貰ってもらおう)
考えても良い案が思い浮かばないは結局、大坪に3個の布草履を贈る事に決めたのである。
布草履が出来たは、次は差し入れのマフィン作りに取り掛かる。
服飾制作とは異なり、にしてみれば実に楽な作業。よっぽど…砂糖と塩を間違いない限りはそつなく作る事が出来るのだ。
色々考えた末、はベーシックなプレーン、チョコ、ナッツ入りのマフィンを作る事にした。
マフィンを要求するぐらいなのだから、甘いのはいける口と思いつつも…甘さは控えめにし砂糖は上白糖では無くキビ糖を使い、チョコはカカオ含有量の高いチョコを使用し少し体を気遣ってみた。
フワリと美味しそうに膨らんだマフィンを一つは味見をする。
(うん。これなら上出来かな?)
口に広がる素朴で優しい味には我ながら満足の出来を確信した。
(冷めたら、ラッピングして…明日布草履と一緒に渡そう)
上出来の仕上がりにの口元はニンマリとゆるみ、冷めた後のラッピングに思いを馳せたのである。
余談ではあるが…編み物や服飾系制作のスキルは壊滅的ではあるが、それ以外は割と凝り性なはちょっとしたお菓子屋さんのラッピングされたお菓子のようにマフィンをラッピングし、布草履も100円コーナーで購入してきたラッピング材料を駆使して、綺麗にラッピングした。
(大坪君が喜んでくれると良いんだけどなぁ〜)
そんな事を思いながら、の大坪へのお返しの品は出来あがったのである。
次の日-----
は昨日出来あがった品を持って学校へ何時も通りに登校した。
は大坪へのお礼の品を渡すべく、何時もより少し早く学校に登校した。
大坪の所属しているバスケ部は基本朝練をしている為である。同じクラスであるし、と大坪の師弟関係を知っているので、が大坪に何かを渡しても邪推する人間はほぼいないのだが、としてはあまり騒がれるのは好ましく無いと感じている故だった。
(宮地にさえ気付かれなければソレで良いんだけど)
頭にチラつくのは、として鬼門の宮地である。気が合うのか…同属嫌悪故なのか、と宮地は会えばぶつかり合う。どちらかと言うと宮地がに絡むと言う表現が正しい。とて、喧嘩が好きな訳でもなく、出来れば平和的に宮地との関係を築こうと、が譲歩した事もあったが…結果は…見た通りと言うべきものである。そう言う経緯の為、は人目を避けるように早めに登校したのである。
は一先ず上靴に履き替えるべく、下駄箱に外靴を入れ上靴を取りだした。
(ああ…そうか…大坪君居るかここで確認すれば良いじぁない)
上靴に履き替えたは、大坪の靴箱をのぞく。
(えっと…大坪君は…)
覗き見たそこには、大坪の上靴が其処にあった。
(おや?…まだ来てないのか…思ったより早く来すぎたのかな?)
そう思いながら、は手元にある大坪へのお礼の品に目を向けた。
(感謝の気持ちを伝えるには…手渡しだけど…大坪君の居るところには宮地君達が居るんだよね…)
紙袋と大坪の下駄箱をは交互に眺めながら、思案する。
難しい表情のまま、しばらく悩むに声がかかる。
「ごんぎつねかよお前」
の背後に影がかかると同時に、不敵な笑みを浮かべた金髪がそうに声をかけた。言わずと知れた…宮地である。
「なぁ…ご…ごん狐?」
「ん?だって、ソレ大坪への貢物だろ?そのまま下駄箱において去ったらごんぎつねまんまじゃん」
「おいおい宮地、貢物は無いだろさ。お礼だろ。あ…、おはよう」
「ああ。おはよう木村君。そして…ついでに宮地君」
「ついでって…まぁ俺も朝の挨拶してねぇし…まぁいいや」
「(まぁ良いんだ…)それより、藪から棒にごん狐呼ばわりは何よ宮地君」
「何だよ、ごん狐知らないのかよ?」
「知ってるけど…」
「知ってるなら分かるだろ?お前、大坪に言わないでそうーっと置いていこうとしただろ、そこがごんぎつねみたいだって事だ」
「何よ、私別に鰻盗んでないし…」
「だぁ…そう言う事じゃなくてな」
宮地は頭を掻きむしりながら、にそう言うがはサッパリ意味が分からないと言う様に首を傾げる。
そんな両者を見た木村が、に声をかける。
「あのな、。宮地は別にが鰻を盗んだって事を言いたいんじゃなくてだな、健気に大坪に恩返しよろしくお礼の品を持ってくるがごんに似ているってことだと思うぞ」
「健気って…普通お礼ぐらいするでしょ?」
「するのが筋だけどな…今時は少ないんじゃないか?精々ジュースの1本ぐらいだろ?」
「そうかな?」
うーんと唸りながらがそう言えば、宮地と木村は「そうだ」と頷く。
「とは気が合わねぇが…まぁそう言う真面目な所は認めてやるよ」
可愛げのない口調でそう言う宮地に、は慣れたもので軽くスルーする。
「でもさ、それなら鶴の恩返しっていう例えでも有りじゃ無いの?」
がそう口にしたら、宮地は軽く鼻で笑う。
「ふん。編み物苦手な奴がおツウに成れる訳無いぜ。そもそも…」
「「そもそも?」」
「は絶世の美女じゃ無い」
ドヤ顔で言いきる宮地にと木村は微妙な顔をした。
((其処なのか?編み物云々じゃなくて…美女か否かなのか?))
「意外に宮地君って、可愛らしい所があるんだね」
しみじみとは呟き、それを聞いた木村は苦笑したのである。
「そっか…確かにね。じゃぁごん狐でいいや。私平凡だし…身を削ろうとは思わないから…でも火縄銃で打たれるのはゴメンだけど」
そうが返し、取りあえずごん狐問題は其処で終了した。
ごんぎつね問題が終わった後は、やはり宮地や木村が気になるのは、の持つ大坪へのお礼の品となる訳で、宮地は紙袋を視線を向けてから、に言葉をかけた。
「で…ソレ大坪への礼の品か?」
の紙袋を指差して宮地がそう尋ねる。
は、首を縦にふり肯定の意思を示す。
「へー。何か本格的な立派なラッピングだな」
木村がひょいと、紙袋の中を覗きそう口にする。
「外面よくてもな、中身が大事だろ?」
意地悪そうな笑みを浮かべて宮地がに言えば、は不服そうに眉を寄せた。
(本当に宮地君は…私の神経を逆撫でるのが好きなのかな?ていうか…苛めっ子気質なの?それとも、単に失礼な人なのかしら?)
心の声をそのまま宮地に言ってみようかな?などと一瞬は頭を掠めた、そんな時…。
「まったく…宮地…お前が貰う訳じゃないだろ」
やんわりとした声音で宮地をたしなめる声が不意にかかる。
(あれ?このシチュエーション前にも…デジャブ?)
はそんな事を感じつつ、たしなめた声の主をみやる。
「おはよう。大坪君」
声の主大坪には、挨拶をした。大坪もまた、表情を緩めてに応える。
「おはよう。今日は何時もより早いな」
「うん…えっとね…」
が大坪に言葉を返そうとするが、話を被せるように宮地と木村が言葉を発した。
「よっ、大坪。この間の礼だとさ、俺達が居なかったら危うくはごんぎつねになるところだったんだぜ」
「大坪、おはよう。おい…宮地…ごんぎつねの話はもう終わっただろ!それより大坪、凄い出来良さそうだから、期待していいんじゃないか?」
ニヤニヤ笑いながら、ごんぎつねネタを引きずる宮地とソレを窘めつつも、渡す当事者無視でハードルを上げる木村が其処に居た。
(何だろう…木村君良い人だと思ったのに…何か凄く微妙な気分になるんだけど…)
当事者なのに蚊帳の外に居るは、そんな風に感じていた。
(ごんぎつね?それに、何で俺よりあいつ等が知ってるんだ?)
大坪は大坪で、部のチームメートが何故か渡される自分よりも盛り上がっている現状に微妙な気分になった。
「あのな…何だ。ツッコミどころは満載なんだが…が茫然としてるんだが」
小さくため息を吐きながら大坪は言う。
それに気がついた木村が、宮地をムンズと掴み去りつつ言葉を紡いだ。
「お…そうだな。が主役だ。後は若い二人でって事で…さぁ宮地行くぞ」
「おい。木村…ここからが面白くなるって…」
「良いから行くぞ、アレに関わると軽トラじゃなく馬に轢かれるからな」
文句ありげな宮地を引き摺るようにして、木村はそう言って去っていった。
((若い二人って…お見合いじゃないんだけど…))
何とも言えない気分で、木村と宮地を見送ったと大坪は二人揃って溜息を一つ吐いた。
「この間から色々スマンな」
「うんうん、大坪君の所為じゃないよ。悪いのは全部宮地君だから」
首を横に振り、そう断言する。
(もしかして…こういう事態になると思っては早く来たんだな…)
大坪はふとそう思いながら、もう一度「スマン」とに侘びの言葉を告げる。
「本当に大坪君の所為じゃないから…それより、少しお待たせしちゃったけど…約束のモノが出来たんだ」
そう言いながらは大坪へ、紙袋を差し出す。
「マフィンなんだけど…大坪君の好み分からないから、甘さ控えめで、プレーン、チョコ、ナッツ入りの3種類。お口に合うと良いんだけど」
オズオズとそう口にするに、大坪はやんわりと言葉を紡ぐ。
「甘い物好きだから問題無いぞ。折角だし、今一つ食べていいか?」
「うん」
そーっとラッピングを外し大坪は、プレーン味のマフィンを一つとりパクリとかぶりつく。
「うん、やはりの作るお菓子は美味いな」
食べて感想を告げる大坪にはホッと胸をなでおろす。
「良かった〜。あ…そうだ」
「ん?どうした?」
「あのね…布草履何だけど…作ってるうちにテンションが上がっちゃって…1個作る所がよりにのよって3個も作っちゃったんだ…」
先程と違ってションボリするに、大坪は優しく頭を軽くポンポンと手を置いた。
「そんな事気にしなくて良い。洗い替えが出来たと思えばこちらとしても嬉しいし、俺が布草履を貰うと家族にチラッと言ったら親父が羨ましそうにしていたからな…一つは親父に譲るさ」
「そう言ってもらえると嬉しいけど…あれ?大坪君…家族にそんな話したの?」
「ああ。恥ずかしながら、に作ってほしいと言っておきながら布草履がどういうものか分からなくてな…母に尋ねたんだ。そしたら、まぁ経緯を話してだな…。母曰く、外反母趾の予防になるとか通気性が良いとかで、作るのが難しいし買うと結構すると…羨ましがっていたから大歓迎だ」
少し照れくさそうにそう大坪が口にする。
「何か期待されてる出来か不安になって来たけど…」
「ははは。そんな緊張はいらんだろ?俺が満足しているならそれで十分だ」
「そうっか。うん、そういう事にしておくね」
「ああ。それより、編みぐるみは熊で良かったか?」
「え…アレ本当に良かったんだ」
「ああ。の期待に添えるか分からないけどだけどな」
「うんうん。そんな事無いよ、私の方こそ大歓迎だよ。うん、熊でお願いします。色とかは大坪君のセンスに任せるよ」
そう話を交わし、大坪は木村と宮地を追うように朝練に向かっていった。
無事に毛玉猫コトは大坪へお礼の品を渡す事が出来たのである。
ブランドの布草履が、今後一大ブームを巻き起こすとはこの時、も大坪も想像すらしなかったのである。
next→大坪その後
2013.1.28.From:Koumi Sunohara