毛玉猫娘とバスケ部主将(前編)
人は見かけで判断してはいけない。強面の人が可愛物が好きだったり、地味に甘い物が好きだったりする。
反対に砂糖菓子のように見た目が凄く可愛い美少女が格闘技が好きだったり、おじさんが好むような渋い食べ物が好きだったりする。
誰しも見た目通りではないけれど、初対面で情報の少ない状況化なら少なからず、初見のイメージが重要になるのは否めない。
そんなイメージの相違がある人間が居る。秀徳高校男子バスケットボール部の大坪泰介である。彼は体格も良く、背も高い。風貌は甘くなく、キリッとした顔立ちで爽やかなスポーツマンという雰囲気がある。
初見のイメージとしては、頼りになる兄貴タイプで重いものも軽々と持ち上げる事が出来そうに感じる。事実、よく教師に資料や道具の運ぶお手伝い要員として駆り出される事もしばしば。
見た目通りの部分も勿論あるわけで、そのため大抵の人は大坪は頼れる兄貴なスポーツマンと感じる。しかし彼は、ただのスポーツマンでは無い。秀徳高校はスポーツに力をいれているのと同じぐらいに学業にも力をいれている。
それ故に、大坪は同じ様にスポーツに打ち込む他校生よりも勉強が出来たりする。今日文武両道は当たり前ではあるが、彼は見事に文武両道である。
しかし…そのくらいでは、ギャップとも意外性とは言にくい。
例えば…彼のチームメート宮地清志の場合は、容姿が良く一見するとチャライイメージが有るが、バスケットマンであり対戦相手を事前に研究したりするなど、バスケットボールに関しては非常に真摯な態度をとるが…かなりの毒舌家である。
宮地の様に分かりやすい意外性では無いが、大坪にも勿論意外性がある。
それは、風貌に似合わず手先が器用である事だ。
近年学校教育では、男女平等をうたっている所為か男子も女子も関係無く家庭科の授業を行う。男だからしなくて良いと言う時代は旧石器時代の様に無くなったのである。
そう言う経緯の元、男子も料理や裁縫など…自宅では確実に母親がやってくれて無縁である様な事柄をするようになっている。
勿論それは、大坪の様な運動に青春をかけている男子にも言える事である。
避けても構わないだろうが、内申点に確実に響く為、そこそこ頑張らないといけない現実が其処にある。
だが、大坪は意外にも家庭科を不得意とはしていなかった。
根が真面目な性格の為か、大坪については乾いたスポンジが水分を吸収するかの如く家庭科のスキルが通常の男子生徒よりも高かったのである。
まぁ、近年タレントでも料理をする料理男子などが居るのだから大坪が家庭科のスキルが高くてもなんら不思議も無い。
そう…なんら不思議など無いのだが…。
彼が得意なものは所謂、手芸というジャンルだった。特に編み物は中々の腕前である。
模様もしっかり凝ったセーターにマフラーに帽子。彼氏の為に編み物を始めた付け焼刃な女子よりも技術力は高い程。
そんな大坪は家庭科も難なくこなす、文武両道で家庭的な一面を持つという見かけでは判断できない男子高校生であった。
見かけとの相違という点について、もう一人…と言う女子生徒が居る。
大坪とは異なり、一般的な女子生徒よりやや小柄な体型に何処にでもいそうだが、愛嬌のある容姿。例えるならば、小動物を思わせる。持ち物も可愛らしものを好むのか、通学用の定期ケースは可愛らしいキャラクターの物を使っている。
だからと言って言動が子供じみている訳でもなく、今時の女子高生より少しだけ落ち着いている面もある。勉強についても、得意不得意あるけれどまずまずな内容である。小動物系の女子高生というのが、見た目だけのへ持つイメージである。
そんなは、みるからに小動物系であるが女の子という雰囲気を持たせる為、周りから手芸や料理も勿論出来るというイメージがあるのだが…。残念ながら、セオリー通りとはいかない。
料理、簡単なボタンつけや、縫い物は出来るのだが、は猫と毛玉の戯れの様に、は編み物が特に不得意だった。
そして、今回…にとって残念なことに家庭科の授業の課題は編み物。まったくもって、不運である。
「棒二本と毛糸で製品が出来る事自大が変なんだよ」
毛糸が変に絡まり毛玉まで出来たどうにもならない状態で彼女は悲痛な叫びを口にした。
そんな彼女を友人、クラスメートは同情の眼差しでを見る。真面目にやっているのに関わらずの結果を見ている所為もあるだろう。担当教員も、困り顔である。
(真面目に授業に出ていないのなら言い様があるんだけどね…困ったわ)
心の中でそう思いながら担当教員はそう思わずにはいられなかった。
(男子生徒で苦戦すると思ったけどダークフォースだわ)
と男子生徒を見比べて担当教師はそう思う。
そんな毛糸と格闘中のはあーでも無い、こーでも無いと必死に編み棒を動かすが、益々芸術的に毛糸が絡まっていく。
もがけばもがく程絡まる蜘蛛の巣に引っ掛かった虫の如くの状況はおもわしく無い。
を見て、大爆笑をするものが居た。バスケットボール部の宮地である。
絡まるに、遠慮などせずに本人に向かって大爆笑。
は、そんな宮地をキッと睨みつけた。
「何よ。そんな爆笑しなくても良いじゃない。宮地君失礼よ!!」
「はん。失礼もクソもねぇだろ。可笑しいからの爆笑だね。第一、大惨事もいい所だぜ。寧ろ、毛玉に絡まる猫だね」
「なぁ…猫って」
宮地の発言に拳を震わせる。
しかし、残念ながらクラスメートと担当教員は、宮地の言葉に納得していた。
((成る程、毛玉にじゃれつく猫か的を得てる))
「その通りじゃね?俺だってそんな風になってねぇしな」
小馬鹿にした様子で宮地は言う。はグーの音も出ない。
(うっ…確かに、此は流石に酷いけど、そこまで宮地君に言われる事無いような…)
自分の編んだ物体を見ながらは心の中でそう思う。
自分の不甲斐なさは分かるが、宮地の言葉はの心をグサリて刺さる。
(嗚呼…好きで苦手な訳じゃないのに)
宮地の言葉とどうにも成らない現実に、切ない気持ちでいっぱいになる。
言い返してこないに宮地は、言葉を紡ぐ。
「何だよ図星つかれて…」
宮地が言葉を言いかけた時に、不意に宮地を小突いた者が居た。言わずもなが、大坪である。
「おい、宮地言い過ぎだ」
「うわっ。大坪」
「うわっ、大坪じゃないだろう?言い過ぎだと言ってる。第一、今のはどうみても宮地がを苛めてるようにしか見えない」
「苛めてねぇーし」
「はぁ。もういい」
宮地とのやり取りに大坪はため息を吐いた。
大坪は表情を緩めてに向き合った。
「うちの宮地が悪かったな。口は悪いが基本は悪い奴じゃないんだが…今回は行き過ぎだ。本当にスマナイ」
折り目正しく謝る大坪には慌てる。
「大坪君が謝る事無いよ。確かに宮地君の言葉にはカチンときたけど…編み物で大惨事になっているのは事実だし…私の不甲斐なさが発端みたいなものだから、大坪君が謝られたら…私どうしていいか分からないよ」
手をパタパタ目の前で振りながら、はそう大坪に返した。
「がそう言ってくれるのは有難いが、ケジメはケジメだ。第一人には得意不得意がある。は編み物が苦手なだけだろ?ソレを集中的に攻撃していいとは俺は思えないし、見ていて気分が良い物では無い。それに、頑張れば上達する可能性だってあるだろ?」
諭す口調で大坪は言う。も宮地の時とは違い素直に頷く。
素直に頷くを見た大坪は、更に言葉を続けた。
「意外と思うかもしれないが、結構俺は編み物が得意な様でな…さえよければ、一度俺と一緒に編み物をしてみないか?案外、近くで見ながらやれば上達するかもしれないと思うのだが…どうだろう?」
「お…大坪君」
は大坪の手を両手でヒシッと握り、すがる様にそう口にした。この時曰く、大坪に後光がさしていたらしい。
「出来る限り俺も協力する。頑張ろうな」
すがられた大坪は、別段困った様子も無く優しい眼差しのまま了承した。
流石頼れる主将と言える大坪の対応にクラスメート、担当教員は尊敬の眼差しで見つめた。
(はぁ…まったく大坪はお人好しすぎだぜ。あの猫に毛玉娘相手に上手くいく筈無いのにな。貧乏くじも良い所だぜ、まぁ俺には関係無いけどな)
ただ宮地だけは、面白くなさそうな顔をしながら二人を見る。
「大坪君の貴重な時間を使わせてもらうんだから、全力で頑張るね。脱毛玉猫!」
やる気に満ちた表情で高らかと宣言したに、大坪を始めとした全員は…。
((結構気にしてるんだな毛玉にたわむれる猫っていわれた事が…))
そう心をリンクした。
こうして、大坪によるへの編み物教室がスタートするのである。
結論から言うと、大坪ももお互い頑張ったといっておこうと思う。
編み針の持ち方から始まり、毛糸のかけ方…大坪がやって見せてがソレを真似をする。
繰り返し繰り返し行われるその方法は、根気強さと忍耐力を必要とした。
幸か不幸か、も大坪も根気強さと忍耐力は人よりもあった為、お互いの部活の合間を縫っては編み物教室に精をだした。
しかし、タイムリミットというもものが存在するのは世の常である。
大坪やが幾ら頑張ろうとも、無情にも時間は近づいてくるのである。
宮地曰く、は毛玉にじゃれつく猫であるが、今のは不格好ではあるが何か編み物をする形には仕上がっていた。これは、根気強い教えを伝授している大坪の涙ぐましい努力のお陰といっても良い。
それならば、別に問題無いだろと…の腕前をしる教師初めクラスメートは思うだろう。は頑張った訳であるし、不格好ではあるが作品は提出できそうなのだから。
けれども、納得していない人間が一人だけ居た。
を甲斐甲斐しく教えていた大坪である。
(の最初に比べれば、頑張ってはいるしな。きっと、先生もの努力は認めてくれるだろうが…折角頑張っているのだからもう少しに良い物作ってもらいたいが…どうしたものだろうか?)
の作品を見た大坪はそう心に思った。
別に、大坪とてが素晴らしい作品を作る事につては期待はしていないのだが、教えるきっかけになった宮地がまた、彼女を傷つけるのでは無いのか?という不安があるのだ。
(残念ながら、は編み針との相性が頗る悪い…)
大坪の教えを守り、必死に編み物と格闘しているを見ながら大坪は思う。
その時不意に大坪はに声をかけられる。
「大坪君」
「ん?何処か分からないか?」
の問いかけに大坪はそう返した。返されたは首を横に振った。
「うん、うん、そうじゃなくてね。大坪君は何でそんなに編み物上手なのかな?と思って」
今更ながらの質問に大坪は、表情を少し緩める。
「上手かどうかは分かりかねるが…恐らく俺は、凝り性何だと思う。凝って集中するが故に、それがどんどん好きになっていって今に至るという所だろうか」
「そっか。好きこそものの上手なれって奴なんだね」
「そういうは、家庭科が苦手には見えないが…」
「家庭科って言うか…料理は好きだよ。技術とかの工作とか工芸は好きだし、結構大丈夫なんだけど。所謂、手芸が苦手でね…縫物は割とOKなんだけど…ミシンと編み物とビーズで小物作りが苦手なの」
「成程な。確かに好きな教科やジャンルでも苦手なものは確かにある」
「そうなんだけどね。やっぱり、何て言うのか、微妙に家庭科出来ると…全部得意でしょ?みたいなイメージが持たれるから…ちょっと困るの。でもね、大坪君に教えてもらって、ここまで上達したのは本当に有難いことだと思うんだ。あのままだったら、本当に宮地君の言う通り‟毛玉にじゃれつく猫”だったもの。でも、エコクラフトでカゴ、藁とかで草履とか…布草履作りとかなら何とかなったのに…本当に編み針との相性悪いな私。折角、大坪君の貴重な時間もらってるのにゴメンね」
溜息を一つ吐きながら、そう言うに大坪は表情を変えた。
(草履に…カゴ…それはそれである意味凄いが…ん?まてよ)
の言葉を心の中で反復しながら、大坪はある一つの事を思いつくが、その為に彼はに確認しなくてはいけない事柄があった。
「…今、草履にカゴとか言ってなかったか?」
「え?ああ、うん。同じ編むだけどカゴとか草履は編めるんだよね意外な事に」
サラリと告げるに、大坪はさらに言葉を続けた。
「もしかすると…機織り機とかは問題なかったりするか?」
「そうだね。子供の頃に買ってもらった、機織りの玩具とかは問題なく使えるし…リリアンも出来るよ」
大坪が何をに尋ねたいのか、その意図はには分かりかねたがは素直にそう答えた。
(成程…編み針が苦手なだけと言う事か…それならば、多分は問題無くしっかりとした物を提出できる筈だ)
大坪は一人納得した後、にしばらく其処で待つように告げた。彼女は素直に頷き、大坪は一旦の前から足早に職員室へと足を向けたのである。
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2012.11.20. From:Koumi Sunohara