試食会開催 (後編)
は伊月に宣言した通り、相田に交渉すべく相田の居る教室に向かった。
伊月もに着いて行くと言ってはくれたが、は丁重にお断りして一人で向かったのである。
相田の教室には、バスケ部主将の日向も居たが、は日向に目もくれずに相田の席に向かった。
「相田さん、休憩中ゴメンね。今いいかな?」
ポータブルゲーム機を弄っていた相田にはそう声をかけた。
「ああさん?どうかした?(ふーん。思ったより来るの早かったわね)」
「先程の件についてちょっとね」
「何か不都合でもあったかしら?」
しれっとそうのたまる。
(面の皮厚いのかな?それともまったく自分中心なのかしら?)
心の中でそう思いながらは、相田に対して言葉を紡ぐ。
「先程の件。何処から突っ込むか微妙ですが…少々強引すぎやしませんかって話です。第一、最初に許可を取った時は一言も乱入するなって言って無かったのに、どうして乱入する気になったのかの説明なしはどうなんでしょうね」
オブラートに包んでいるのか包んでいないのか、微妙な言い回しであるがはハッキリと疑問を口にした。
遡る事数日前には相田と交渉をし、特に問題や何かを要求される事無く、試食会へを行う了承を得ていた。
その為、にとって相田の突然の試食会参加宣言は乱入以外のなにものでもなく、予測できない事態であったのである。
の不機嫌さを感じながら相田はどうしたものかと考える。
(うーん。伊月君からチラッと聞いていたさんのイメージでは基本優しいし、面倒見の良い子っていっていたから、すんなりOKしてくれると思っていたんだけどな。そう言えば、少し頑固だとか…さんご乱心事件ってのあったぐらいだし…結構、手ごわい相手だったか)
フムと思案した後、相田は言葉を紡ぐ。
「確かに、この前来た時はOKしたよね。うん。これは事実だよね。最初はソレで良いかなって思っていたんだけど。1年生と伊月君が本当にウキウキして楽しそうにしてるもんだから、私達も仲間に入れて欲しくなったのよね」
「それにしても、伊月君じゃなくて私に了承じゃ無い、相田さん?」
米神を抑えながら、そうが返すと相田はニコリと微笑んだ。
「将を射んとすれば馬ってヤツかな。さん、何だかんだ言いながら伊月君を放っておけないだろうし、楽しみにしている1年生の手前、中止しないでしょ。若干ゴリ押しだとは思うけど、正攻法より確実って思ったんだよね。それに。新しいチームだからこういう親睦を深めるイベントは外せないかなって」
「大層な事をして欲しい訳じゃないの。私達に親睦のチャンスを分けて欲しいのよ」
「分かりました。でも今回だけでですよ相田さん。次は無しです」
「ふふふ。さん面白いわ。コレを切っ掛けにバスケ部のマネージャーにならない?」
「だから話聞いてます?と言うか面白くないですよ。別に。バスケ部(恐怖政治に関わるの無理だし)のマネージャーにはなりませんよ。きっぱりNO!だし、不可です。全力で拒否いたします」
しっかりハッキリ言うに相田は拒否された割に楽し気な表情を浮かべた。
(ふふふ。黒子君みたいに拒否するのね。こう言う所も一年生Sが彼女に懐く由縁かしら?本当に面白いわさん)
相田は心の中でそう感じながら、に対して言葉を紡ぐ。
「残念ね。でも気が変わったら何時でも大歓迎よ」
「いえ。気は変わらないので大丈夫だよ相田さん」
「やーね。世の中何が起きるか分からないわ。突然宝くじが当たって億万長者になる可能性だってあるぐらいですもの。さんの気持ちだって変わる可能性が無いとは言えないでしょ」
そんなこんなで、相田と再び交渉を終えたは一気に疲れが増した気がしたのである。
(結局私が大変思いをするわけなんだよね…今更後には引けないし…何であの時気軽気持ちで試食会何て言ってしまったのか…本当に後の祭りってこの事だよね。まぁやるしかないけどさ)
憂鬱な気持ちになりながらも、楽しみにしている伊月や黒子をはじめとした1年生Sの顔がよぎりは後悔しつつも頑張る事にしたのである。
試食会前日からは、家庭科室にて仕込みをする事となった。
少しずつ、格安スーパーやら家から材料を運び家庭科担当の教師の許可の元冷蔵庫に収納したりと準備は忙しい。
この際の荷物運びについては伊月も手伝い仕込み前の準備は整った。
材料を見たは、正直にゲンナリとしていた。
(何コレちょっとした食堂初めてました的な量わ)
いくら男子高校生が食べるとはいえ、試食会の割には多い食材の現実には溜め息を吐く。
(火神君が足りない足りないって言から、ついつい買ったけど…食べきれるかな?伊月君は珈琲ゼリーだから問題無いけど…)
買い出しの時に着いてきた火神とのやりとりと、材料の現実に首を傾げる。
(まぁ伊月君も多分大丈夫だって言ってたし、運動系男子高校生だから、多分大丈夫かな?最悪、家に持ち帰って夕飯のオカズかな)
そう結論付けると、は制服の腕を捲り、試食会の準備を始めたのであった。
試食会当日もは大忙しだった。
昼のかき入れ時の食堂のオバチャンよろしく、忙しなく動き回る。
伊月がひょっこりと顔を出し、盛り付けを手伝いながらは何とか試食会の準備を終えることが出来た。
(もう無理。二度とやらないわよ…自尊心を優先した結果がこれとか…本当にないわ)
準備した料理等を目には、数日前に起こしたさんご乱心事件と黒子や伊月と気軽に約束したこの試食会に至る経緯を思い出しながら心底そう感じていた。
結果として、主催の試食会は大盛況であり成功と言っても問題の無いものであった。
運動部と言う一件粗野に見えがちではあるが、ある意味火神意外の部員はお行儀が良い部類の部員であった。
誰が言う訳でも無く、皿やスプーンにお箸などを、振り分け、年長者である2年生がさり気無く1年生に料理をとったり勧めたりするなど、事実に微笑ましい光景が繰り広げられていた。
穏やかで和やかな明るいそう様子に、は疲労感も大きいが達成感と言うか満ち足りた気分になっていた。
(寮母さんとかが学生に料理を作る気分はこんな感じなのかな?疲れたけど、喜んでもらえるのは嬉しいかも)
そんな事を思っているに、伊月がそっと寄り添った。勿論、手に持っているのは特製の珈琲ゼリーと紙コップに入ったお茶である。
伊月は方手に持っていたお茶をに差し出しながら、言葉を紡いだ。
「。本当にお疲れ様」
「ん?伊月君。お茶有難う。正直ちょっと疲れたけど…伊月君も色々手伝ってくれたじゃな無い、伊月君もお疲れ様」
「うーん。俺手伝ったって言っても、作った訳じゃないし。が頑張ったからこそだよ」
柔らかな口調でそう言う伊月に、は少し困った表情を浮かべながら言葉を紡ぐ。
「まぁ、素直に受け取っておくね。それに疲れたけど、こんなに喜んでもらえたなら本望かな」
素直に出た言葉に、伊月も優しい目線を浮かべる。
「は時々、メータ振りきれる程感情の起伏があるけど。お人好しだからね…でも、がそう言ってくれて俺も嬉しい。黒子達も皆楽しそうだし、が俺の為に作ってくれた珈琲ゼリーも美味しいし言う事無いけど…」
「無いけど何?」
「正直頑張りすぎてるを見てると、過労で体がだるかろうなぁと思って。本当に心配になった。色々巻き込んだ俺が言うのもなんだけどさ。本当に、には感謝しっぱなしだよ」
「伊月君今…」
「ん?今何?変な事言った?」
(気が付いてないのかしな?『過労で体がだるかろう』ってダジャレじゃ無いの?気の所為…それとも伊月君と居過ぎて私過敏になりすぎでるのかな?)
はそんな事を思いながら、一応念の為に気がついたそのダジャレを伊月に尋ねた。
「大したことじゃないのだけど…先伊月君ダジャレ言ったよね?」
「え?言った?何時?マジ?嘘気付かないけどどの辺」
が言った途端伊月は目をパッと輝かせて懐からネタ帳とボールペンを出しながらにそう尋ねた。
(え?藪蛇?というかまた、失言?撤回できない感じの凄い期待に満ちた目をしてるけど伊月君…)
は自分の読みが外れ、藪をつついた事にめまいを肝心ながら、期待に満ちた伊月に言葉をかける。
「伊月君、先?過労で体がだるかろう?”って言ったじゃない」
「おおおお。キタコレ!自分で気がつかない内に、ヤルな俺。そして、教えてくれて有難う。本当にと俺の相性ばっちりだよ」
凄く嬉しげにネタ帳にペンを走らせながら伊月はご満悦だった。
(うん。何だろうやっぱり残念なイケメンだね…。と言うか…一応私に気づかって今までダジャレを我慢してたのね伊月君…)
呆れと、少しの感心を思いながら今日の伊月の発言についてははスルーすると決め込んだ。
「それより、珈琲ゼリーもう食べた?」
「ああ。2種類作ってくれたんだね。無理させてゴメン。1個は食べたよベーシックな奴。程良い甘さで俺好みだったし…あっ…恋人のコーヒー濃い微糖…キタよまた」
「はいはい。でもまだ、恋人じゃないけどね」
ボソリと突っ込むが伊月は気にした様子は皆無であった。
「ああゴメン脱線した。で、もう1個このムースが上にのってるやつを食べようと思ってたんだ。これも美味しそうだし楽しみだよ」
「そっか。気にってくれると良いんだけどね」
「大丈夫。の作ってくれたのものはみんな美味しかったし…俺好みの味だよ。レモン漬けの件でこんなに大変な思いさせて本当にゴメン」
「良いよ。レモンの件は私も頭に血が上ったし…それより、ゴメンより有難うの方が私は嬉しいよ伊月君。私も皆が美味しそうに食べてるのは嬉しい」
そう二人は言いながら、柔らかい空気に包まれた。
伊月はとの会話を一旦止めて2種類目の珈琲ゼリーを口に運んだ。
口の中に広がる珈琲の味を堪能しながら、伊月は頬を緩めた。
「さえ良かったらだけど、家さ女系家族でね。母さんも姉さんも妹も甘い物好きだから、この珈琲ゼリーとか作ってくれたら嬉しいんだけど駄目かな?」
「うん。良いよ。でも好みに合って良かったよ本当に」
は伊月に承諾をして、嬉しそうに笑った。
すごく穏やかな空気を漂わせながら、二人は和気藹々と試食会を楽しむ同級生と後輩をぼんやりと眺めた。
試食会の食べ物もだいぶ減って、そろそろお開きか?という頃合いに皿に食べ物を大量に載せた火神が近付いてきた。
「先輩、こんど何時やるん…ですか?」
口の中に食べのもをいっぱい詰め込んだ火神がに尋ねる。
頬袋に大量の餌を詰め込んだリスのような風貌であるが、しっかりと紡がれる言葉には溜息一つ吐く。
(あの口の中どうなってるのかしら?というか第二回開催希望って…おい)
心の中で突っ込みをいれながら、は火神というよりも瞳をキラキラさせた1年生S並びに2年所為Sに聞こえる様に言葉を紡ぐ。
「もう懲り懲りよ。何のパーティ?って言うぐらい作ったし…火神君すごく食べるし…相撲部屋の女将か?っていう感じでしょ。一人で作るの大変なのよ。食べる方は…特に火神君は楽勝だろうけどね」
ヤレヤレと肩を竦めるに、黒子をはじめ1年生Sは凄く残念そうな顔をした。
その表情には、心に何か突き刺さる思いをした。
(何かイタイケナ小動物から非難を浴びるような視線に似てる気がする…)
そう思いながらも、今日の試食会の所為で肉体的にも精神的にも参っているは心を鬼にして、NOと言葉を告げた。伊月に至っては、の大変さを間近でみていたため、の決めた事に関しては口をはさむ心算はなかった。
芳しい返事が無いに黒子は、おずおずと自分の気持ちをに告げた。
「先輩が大変なのは分かりますが。僕はまたやってほしいと心の底から思います。伊月先輩はいいかもしれませんが」
引き合いに出された伊月は、不思議そうに眼を瞬かせた。
((オイオイ。仮にも友人以上恋人未満なんだから、作ってくれる確率伊月があるにきまってるんだろ))
伊月の反応に2年生sはそう思った。
しばらくした後、伊月も黒子が何を言わんとしているのか気がついたのか…「ああ。なるほどね」と短く言葉を漏らした。
「「ズルイ。ズルイ」」
伊月に対しての珍しい1年生Sの抗議の声と、小動物のションボリとした目にと伊月はたじろいだ。
((ある意味最終兵器?))
何となしに心がシンクロしたと伊月である。
そんなに、小金井が
「あのさ。水戸部がさん手伝うからまた試食会やろうって言ってるんだけど。つーか俺も料理多少出来るし手伝うしさどう?」
小金井の後ろで水戸部もコクコクと頷いている。
「足手まとい間もしれないですけど俺らも手伝いますよ」
「「もちろん」」
降旗ら1年生Sが賛同し、黒子も頷く。
その様子に伊月は柔らかな口調で言葉を紡ぐ。
「にしてみたら大変かもしれないけど…今度は俺も手伝うから、またやってくれないかな?」
伊月の言葉に、は目を数回瞬かせて…小さく肩を竦めた。
「ふー。伊月君や水戸部君に小金井君が手伝ってくれるなら…まぁ良いでしょう」
「「やったー!!」」
「ただし…」
喜ぶ1,2年生には一旦待ったをかける。
「今回は特別、色々皆の要望に応える感じで凄く手間も掛かったし…少し材料費だしてもらったけどほぼ私の自腹なので、毎回は無理。なので、要望のどれかを叶えて、且皆から会費を集めて試食会をするっていうのなら…OKだけど。どうかな?」
の言葉にいち早く反応したのは、やはり監督である相田であった。
「そうれで良いわよ。バカガミが食べすぎてるのは事実だし…ここまで、バカガミが大食漢だと予測してなかったのにも関わらず、さんの善意に甘えているのは忍びないもの」
実に良い笑顔でそう口にした。
相田のその表情に、バスケ部2年生Sが顔色を悪くした。
((何か嫌な予感…))
2年生Sの予想通りに相田は言葉を続けた。
「あ!そっか。さんの試食会をエサに皆にトレーニング頑張ってもらうっていうのも良いわよね」
実に良い笑顔でそういう相田に、1年生Sも顔色を失う。口に盛大に詰め込んでいた火神もウッと動きを止める。
「だから、相田さん。私をバスケ部の恐怖政治巻き込むんなら試食会は今後一切しないけど」
「やーね。さんリコで良いって言ってるじゃない」
「じゃリコさん。何気に話をごまかしてるけど。恐怖政治の方棒は担ぎませんよ」
「もうやーね。そんなの冗談よさん」
ふふふと笑う相田には怪訝そうに見てから、伊月の方をうかがう。
伊月はに、大丈夫だと言うようにコクリと頷きを返す。
「なら良いけど」
そう言ったの言葉に、部員一同は危険なフラグが少し遠のいた事に感謝した。
こうして、色々あったが何とか試食会はの料理の腕前の有無の検証と大盛況と相成り次回の試食会と言うイベントの企画が上がり幕を下ろすこととなる。
試食会以外でも、今後の意思とは関係無くバスケ部に巻き込まれていくことになるのであった…。
おわし
2012.10.29. FROM:Koumi Sunohara