試食会開催 (前編)
ある晴れた昼下がりの学校の授業の無いそんなある日、は少し後悔していた。
(何であんな約束をしてしまったのか…)
は心の中で、そんな事を思いながら、自分が後悔する原因を思い出していた。
遡る事数日前、恋人未満の伊月との言い争いから…差し入れの話になり…気がつけば1年後輩S達の願いなどで、差し入れの試食会の様な事が開催される事になったのは記憶に新しい。
そこまでは、は言いだしたと言うか巻き込まれたけれど、「まぁ良いか」ぐらいに感じていたし、伊月にしても1年生Sにしても、気軽な気持ちでその日を迎える気満載でいた。
だから、も後輩たちと伊月の好きなものを作ろうと思っていた訳であるし、要望にも答えようと思っていたのである。
若干、マジバのメニューを望む困った後輩は居れど、望まれるメニューは本当にささやかでありふれた物がほとんどで、にしても作るのは楽に出来るはずだった。
そう…何事もなければ、めでたしめでたしのハッピーエンドを迎えるはずだったのだが。
世の中そうそう上手くはいかないのは世の常である。
伊月と1年生Sで楽しむはずの試食会は、仲良バスケ部の全員参加という…にしてみると不測の事態となったのである。
(6人だったら余裕でしょ)
等と思っていた。
(伊月君には珈琲ゼリーを色々なパターンで作って、火神君は取りあえずお腹いっぱいになるもの、黒子君はバニラ系の甘い物かな?降旗 君河原君福田君は、手作りなら全力で食べるっていってくれてたから…お菓子とか色々作ってあげよう。何か皆良い子達ばかりだから何だか作るの頑張りたくなるなぁ〜)
メニューを考えながら、楽しい気持ちでそんな事を考えながらは地味に試食会を楽しみにしていた。
お呼ばれしている、伊月、1年生Sもこの試食会は楽しみにしていた。
伊月は、一応彼女に近いの手作り食を振舞われる訳であるし、何だか世の恋人のするようなイベントに少し気分が浮かれていたし、1年生Sはイベントのようで楽しそうだと感じている訳で、振舞う側、振舞われる側双方が楽しい気持ちでその日を待っていた。
実に平和な事である。
しかし、不測の事態は見事に起きた。
何と、許可をくれた相田リコ監督及び2年生バスケ部員がズルイと異議申し立てを伊月にしたのである。
確かに、伊月達試食会参加組は若干浮足立っていたのかもしれない。
けれども、それは仕方が無い事である。
楽しみがあれば、少なからず浮かれるものなのだから。
強いて、伊月達試食会参加組の敗因と言えば…あの表情の動かない黒子が珍しく表情に読み取れるぐらいにウキウキとした幸せそうな楽しそうなオーラと何時もの倍以上に冴えわたった伊月のダジャレの連発ぐらいかもしれない。
そんな訳で、2年生組の物言いによりの試食会に強制的に参加を表明したのである。
そんな裏事情など露とも知らないは割とご機嫌だった。
メニューを決めつつ、は試作などを経て、試食会に向けて準備を進めていた。
試食会も近づくある日。
は普通に学校に来て、何時も通り授業に出ていた。
伊月も当然そうな訳で、今日も今日とては昼休み終了間近に、伊月と会話を交わすのだが今日は何時もと様子が違っていた。
がお昼を食べ終わったか終らないかぐらいの昼休みに、ガラリと開けられるのクラスの教室。
気に止めずに、食べ終わったお弁当をかたずけているの目の前が不意に陰った。
(ん?何事?)
目線を上げれば、何故か伊月が伊月の所属しているバスケ部のカントクの相田リコに連行されているという実にシュールな図が出来上がっていた。オプションに2年バスケ部部員は申し訳ない様にその後ろに続いていた。
(2年バスケ部勢ぞろいで何事?何か嫌な予感しかしないんだけどなぁ)
そんな風に感じながら、自分に関係無いと良いと思いながら様子を窺う。
しかしながら、そんな彼女の期待を裏切る様に相田は一直線にの前に立つと挨拶もそこそこに、に言葉を紡ぎだした。
「さん、伊月君からは許可は出てるんだけど」
「えっと…何ですか相田さん」
「やだわ。リコで良いわよ。それより、伊月君と一年生でさんの試食会すると思うんだけど」
にこやかに微笑みを浮かべる相田に、は嫌な予感しかしなかった。
本当ならば聞かないふりをして、スルーしたい所ではあるけれどは、言葉の先を促した。
「折角だし、残りの2年生も参加したいっていうか…参加するのでよろしくね」
「え?」
思わずそう言葉が漏れただが、相田は相変わらず笑顔だった。
(何それ?相当勝手に決めてない?つーか事後報告…凄く嬉しそうに、厄介事持ってくるんですけど何事?)
は心の中で毒づきながら、一番関係性が高そうな相田に連行されてきた伊月に目を向ける。
それはそれは、人を射殺すような視線を向けて。
そんな伊月はというと…。
伊月に関しては、顔色が悪く若干小刻みに震えていた。
(ゴメン…俺にはカントクの暴走は止められない…本当にゴメン)
内心そんな事を思いながら、目線だけで謝ってくる伊月。
そんな伊月を視界に入れたは、不機嫌だった気持ちより、薄ら寒い気分になっていた。
(バスケ部って恐怖政治の真っただ中なの?男子高校生を震撼させるチームメイトっていったい何?そして、何気に私もその恐怖政治適応されるのかしれ?このケースは…)
「あのね…相田さん」
が茫然としていた状態から復活して声をかけた頃には、相田は満面の笑顔でスキップを踏んで足早に立ち去った後だった。
(言い逃げですか?そうなんですか…スキップってノリノリすぎでしょう…)
あからさまに嬉しそうに去って行った後ろ姿に、はやりきれない気持でいっぱいだった。
残されたのは、何とも言えない空気と1枚の紙と伊月とだった。
は残されたそれに視線を落とした。
(バームクーヘンって…普通の家庭で出来ないし…鉄火丼は生物がだし…セロリ…納豆は最早料理じゃないよね)
リストアップされた、2年生の好きな食べ物を見ながらは思う。
(こんなもんくれると言う事は基本コレを元に作れよって事だよね。深読みじゃなくてさ)
穴があきそな程リストを見るに伊月はもしわけなさげに声をかけた。
「、カントクの無茶ぶりに付き合わなくてもいいんだ…俺、頑張って交渉するしさ」
「有り難う。でも伊月、多分返り討ちにあった挙げ句更に大変な事になりそうだから…気持ちだけで良いよ」
「本当、ゴメン」
「いや。伊月君だけが悪い訳じゃないよ。交渉相手が悪かっただけだよ」
「でも、はバスケ部でも無いのに無茶し過ぎだよカントクは…」
大きく眉を寄せて伊月は心底困ったような口調でそう紡いだ。
(気づかいは嬉しいけれど、絶対伊月君じゃ相田さんに太刀打ちできそうに無いと思うんだけど)
の為を思っての伊月の言葉には冷静にそう思っていた。
(これは、自分で交渉した方が案外好転するかな?)
だからこそ、は一先ず伊月に頼らず自分自身で解決しようと心に決めた。
「大丈夫。だって私は部員じゃないんだからね。交渉すれば少し負担が減ると思うし、第一これで泣き寝入りしたら、変な前例できるでしょ」
「確かに。バスケ部の決意表明の未達成のペナルティとかあるし…」
の言葉に伊月は、お通夜みたいな沈んだ口調でそう言う。
伊月の表情には苦笑をきんじえない。
(うん。やっぱり恐怖政治に近いね…バスケ部。これは、しっかり釘ささないとヤバいかな?今回は仕方がないとしてもね。肉を切らして骨を断つて感じよね)
「やっぱり交渉してくるよ伊月君」
「俺もついていこうか?」
「うんうん。大丈夫。まぁ…もしも私の交渉で伊月君が不利になったらゴメンね」
伊月の申し出を断るとはそう伊月に返した。
「それこそ大丈夫だ。俺だってそんなに弱く無いし…カントクのシゴキには耐えられるシュゴイシゴキにも耐えられるってキタコレ」
最初はカッコ良く、後半グダグダな伊月には今日だけ見直した。
(かなり無理あるダジャレだけど…)
next→後篇
2012.10.26. From:koumi Sunohara