恋乞い15  


時間というのは緩やかでありながら、気が付けば過ぎてゆく。
薄紅の花弁が葉桜となり…土手の草花もぐんぐんと伸び目に鮮やかな緑を濃くするように…季節は着実に刻んでくる。

ジリジリと肌を焼く陽の光。
今年も去年同様に色々な想いが交錯する夏が来る。

笠松君に告白して振られたこと…。
自身の部活の出来事。
そして、バスケ部のIH初戦敗退と…笠松君が負った心の傷。
ついでに…名誉なのか微妙なあだ名とその事柄。

笠松君のところの生意気な1年生黄瀬君との邂逅。
瞬きするぐらいは言い過ぎだけれど、あっと言う間に時間は移りゆく。

そして、色々なそれぞれの超えなくてはいけない夏が今年もやってくる。

目に刺さる程の憎らしく青く澄んだ空を少し見上げる。

(ここから始まったんだよね)

夏の陽射しを受けつつ私は不意にそう思う。

(夏が来て止まった時間が動き出す…って所かな)

願掛けに伸ばした髪を指で弄りながら私は、フッと小さく息を吐く。

(だったら…私の時間も動かさないと)

背中越しで揺れる髪を感じながら私はそう決意した。

1年前のあの日。
バスケ部の先輩に言った私の言葉。
森山君と結んだ約束。
その約束が終わる…笠松君が壁を超えたという知らせの元に…笠松係りはここで廃業となる。

(とりあえず…願掛けした髪を切るところからはじめますか)

新規一転の新しい私への始まりに向けて、私は1年ぶりにしっかりと髪を切ることにしたのである。


馴染みの美容室で、思いっきり短くして欲しいと要望をしたが、あまり叶わず…成人式の事も考慮して、ボブぐらいの短さに落ち着いた。

それでも今までのロングヘアーを考えると、相当短くなったのは事実で…気分を変えるには最適と言えると思う。

夏ということもあり、髪の毛を切った分だけ涼しく感じながら学校に向かった私に、周りの反応は別段変では無く、「夏だし」の一言で終わった。事実夏だしと言うのもあるので間違いでは無い。

しかしながら、普段はかなり鈍いあの方が珍しく過剰に反応したのである。

「お……か…かっ髪」

去年のあの日の様に驚いた顔とドモリにデジャブを感じながら私は言葉を返す。

「ん?髪…ああ、うん。切った…ね(そんなに気にする問題なのかな?ただ髪を切っただけなのに)」

何故に慌てるのか分からない私は、不思議そうにそう口にすると、笠松君は少しムッとした表情で言葉を返す。

「切ったって…お前…あああ…あんなに伸ばしてたじゃねぇか。ま…まさか…」

自分の事の様に驚いて、笠松君はそう言葉を紡ぐ。

「ちょっと待った。笠松君勘違いしてるでしょ。別に失恋で髪切って無いからね(そうだったら、君に振られた時にとっくに切ってるでしょうに)。まぁ…女の子には色々あるって事で。それに夏だしね」

手で笠松君を制止しながら私はそう告げる。

「夏は分かるが…それなら普通夏に入る前にだな…」

ブツブツと文句を言う笠松君に私は肩を竦める。

「一々髪の毛の長さ気にするなんて変な笠松君」

「変ってあのな…唐突すぎるしな…何つーかアレだ…ああああ…」

「笠松君、とりあえず落ちつこうか。早川君みたいになってるからね」

ドウドウと手で笠松君を制する。笠松君は盛大に眉間に深い皺を寄せる。

(何をそんなに不機嫌になるんだろう?森山君が何か吹き込んだか…はたまたあの後輩君が笠松君に何か言っていたのか…さっぱり分からないわ)

笠松君を見ながら、何時もより変な彼を見ながら私は心の中で首を傾げる。

「髪は伸びるの。剥げてる訳じゃあるまいし、吃驚しすぎだよ。第一、失恋で髪の毛を切ってばっかりいたら、世の中の女の子はほぼ尼さんの様になってるでしょ」

「尼さんてソレこそ大げさだ。つったく」

「そもそも、何を不機嫌になってるのか私はソレが不思議だよ笠松君」

「あのなぁ…夏場でも髪を短くしてなかったが急に、髪短くなったら心配になるだろう」

頭をボリボリかきながら告げるその姿に、私は少し微妙な気になった。

(森山君がこの現場見てたら…「笠松…お前、嫁を出す父親なの?」とか聞きそう…)

「そんな保護者じゃないんだから」

そう口にすると少し押し黙る笠松君。

「それに、森山君辺りにからかわれるよ」

「何がだよ」

「ん?“笠松…お前、嫁を出す父親なの?”とか…“妹を心配しすぎる兄貴か?”とか…まぁ何か色々」

「うっ…」

思い当たる節があるのか笠松君は言いよどむ。

(こういう風に気にかけてくれる所が違う意味でしんどくて…嬉しいと思う複雑な心境なんだよね)

相反する気持ちが混在する事を、振り払うように私は話題を変えることにした。

「それより、IH初戦突破オメデトウ」

色んな意味で笠松君にとって因縁めいた、IHという舞台に話を持っていく。

「ああ」

思惑通り笠松君はその話に食いついてくる。

「始まりかな?」

「ああ…そうだな。ここからだ…3年も2年も…そして今年は黄瀬も居る。頂点目指すからな」

「そうだね目標は頂点だね」

「去年のあの日。に言われた言葉を俺は今でも忘れて無い」

遠くを見つめてから、そう紡ぐ笠松君の言葉には去年の悲哀の影は無かった。

「ん?ああ…小生意気な小娘の戯言の話?」

「戯言じゃねぇよ。確かに、あの時…バスケ部のOBとか…先輩はお前に対して暴言を吐いたけどよ。それによって、改善された部活も周りもあった。助かったって奴は俺以外にも沢山居た」

「大げさだね〜」

「大袈裟じゃねぇよ。は嫌がるかもしれないけど、はパイオニアだと思ってる。海常の戦女神だとか…ジャンヌダルクだったっけか…そう言われるのも頷ける」

「別に戦争してるわけじゃないし…そもそもジャンヌダルクは最後死亡フラグだけどね…。戦女神とか物騒なあだ名は正直どうかと思うけどね」

「まぁ…なんつーんだ…プラスの方向で考えてくれ」

頭を掻き毟りながら笠松君はそう口にした。

「森山君じゃなく笠松君だしね。分かってるよ。まぁ…あの一件で笠松君が良い方向に向かったんなら…良しって事にしておくかな?」

「そうしてくれ。少なくとも俺は救われてる」

「そっか。なら良かった」

「ああ」

「そうそう、乗り越えてる笠松君なら大丈夫そうだけど…一応ね。お節介を一つ」

大げさに咳払いを一つ吐いて、私はたっぷりと間を置いた。

「ん?何だよ」

「黄瀬君エースなのは分かるんだけど、メンタル弱そうだからね…黄瀬君に一人で背負いこませたら駄目だよ主将」

「たりめーだ。バスケはチームプレーだ」

「うん。笠松君なら大丈夫だね…いやー愚問だったね〜」

「ちゃかすなよ」

「笠松君もだよ。一人で背負いこまないで…森山君とかついでに、監督にも荷物は振り分ける事…愚痴なら部活の違う人に零せば良いしね…。キセキの子と当たるんだっけ?ハイレベルな試合になりそうだね。私のほうも試合に部活もあるから微妙だけど…途中からかもしれないけど…見に行けたら見に行くね」

そう口にした私に笠松君は不敵に笑った。

「決勝戦に観にくればそれでいい」

(おっ…強気な発言。完全とはいかないけど…笠松君も前へに向かって歩き始めたって事かな…)

去年の姿とは違い、真っ直ぐ迷いのない視線に私はそう感じた。

「強気だね。まぁ…主将が弱気って言うのも締まらないもんね。あまり無理しないでね」

「それは約束できねぇな」

「そうだね…リスクの無い勝負は無いから…。じゃ、頑張ってとは言わないよ、皆十分に頑張ってるから…オーバーワークで怪我とかなしだよ…」

私は一旦言葉を区切って、それからゆっくりと言葉を紡ぐ。

「全力で挑んでね。後悔を残さないほど、最後の一滴まで絞り出すように…それだけ」

笠松君は一度目を閉じてから、ゆっくりと言葉を返した。

「勿論だ」

噛みしめるようにそう口にする。

「本当には俺の背中を押すのが上手いな」

晴れやかな表情で、柔らかに笑う笠松君はそう言った。
私の一番好きな表情で…。

(不意打ちは本当に心臓に悪いわ)

笠松君が居なくなった後、私は心の中でそう思いながら思わず蹲った。

(天然のタラシ?そっちこそ…私のウィークポイント点きすぎでしょ…本当に断ち切れるのか心配になるよ本当に)

もう一度再発しそうな熱病を振り払うように私は、頭を振り立ち上がる。

(IH…自分で言ったじゃない、後悔をしないようにって…ここまで見守るって…大丈夫…時間は等しく動いてるんだから…新しく前に進まなくっちゃ)

「さて…色々な意味で熱い夏…サッカー部もバスケ部も…私も…後悔しないようにもうひと踏ん張り頑張りますか」

私は、呪文のようにそう言い聞かせながら仲間の待つグラウンドへ足を向けるのである。


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2017.6.29. From:Koumi Sunohara
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