恋乞い(1)  


芸術家や役者を志す人に、言われる言葉がある。

「恋をしなさい。人を好きになりなさい。季節の様に恋は様々形を変えるから。甘さも…切なさも…喜びも…悲しみも…苦しさも…憎しみも…幸福も…不幸も…その全てが糧になるからこそ…恋をすべきだ」

その話を聞いたとき、詩人の様だと何処か他人事の様に思っていた。
だって、恋は砂糖菓子の様に甘いものだと…暢気にもそんな事を思っていたから。

少女漫画や小説の様とまではいかなくても、楽しくて…幸せな気持ちになるものだと…勝手にそう思っていた。

家の両親が仲が良かったって事もあるし、親戚のお姉さんやお兄さん達が恋人と過ごす様子が楽しそうで、幸せそうだったから余計にそう思っていた。

けれど、現実は甘くなくて…本当に季節の様に色々な顔をする…波打つ様な恋に落ちるなんて私は思いもしなかったのである。


私の好きな人は、バスケ部主将の笠松君。

バスケット選手としてそんなに大きな選手では無いが、パスを回しをしチームを率いる司令塔をしている。
練習熱心で、バスケットに関する事への情熱は非常に熱い。

所謂、バスケットが恋人のような男。

だからと言って、勉強が出来ない訳じゃなく勉強も運動も出来る。
顔立ちも凄いイケメンでは無いけれど爽やかなスポーツ好青年といった感じで、そんな笠松君はモテた。

モテたんだけど…残念ながら彼は、純情青年だった。

バスケット一筋が祟ったのか、昔に何かあったのか不明だけど、笠松君の弱点は女の子だった。

声かけただけで、緊張し赤面。顔も満足に見られ無いぐらいの末期症状。
フォークダンス何ぞした日には、どうなるのか想像するのも怖いぐらい笠松君の症状は深刻だった。

何故か笠松君は私に対して症状が発生しない。
出会いの時から普通に話したりしていたから、初めては不思議に感じなかったが、笠松君が私意外の女子と話さない様子に違和感を感じ、何となしに笠松君のバスケ部仲間に尋ねたり、様子を観察して判明した。その時の衝撃は今でも忘れられない。

(それじゃぁ私は女子では無いということかしら?)

鈍器で頭を殴られた様な気分で途方にくれる。

私は生物学上女子である。

戸籍でもそうだし、本気で女子だ。
姿形だって、出てる所は出てるし、声質だって高めのソプラノだと思う。

音楽の授業の時にソプラノパートに回されるから間違い無い。

所謂、アニメ声では無いけれど見た目と声は普通に女子だと思う。

性格はもしかしたら、男勝りかもしれないけど…多分、笠松君の苦手分類にあたる女子の筈なのだけど、笠松君は何とも無いのだ。

だからこそ、私は笠松君の女子苦手という現実にかなりの衝撃を受けた。

(何だろう…嬉しいやら悲しいやら…寧ろ、女子に見られて無いのか?笠松君の理想の女子ではまず無いだろうし、恋愛対象外って事じゃなかろうか?)

苦手の筈の女子である私が平気な笠松君。明らかに、友情フラグの何物でもない気がする。

それでも、女子の中では一番笠松君に近い存在であるのは確かで、一緒に色々馬鹿騒ぎするのもの楽しくて、心地よい温度のぬるま湯につかっている様に居心地が良かった。

見ているだけで幸せ。私もそう思っていた。

最初は見ているだけで良かった。恋に恋する様に、ドキドキしたり、幸せだった。

けれども、人は欲深もので、今度は自分を見て欲しいとか思うようになる。私もその例にも洩れず、そんな感情が少しづつ湧く様になった。

望む望まない別に、沸き上がる感情に私は戸惑いと、自分に対して嫌悪感を感じながらも、その感情をもてあましていた。

勝手に好きになったし、彼女に何て慣れる確率だって少ない。だって世の中の人間が全て告白して上手くいく事なんて無い。

無いなら失恋なんてものは存在しない。 失恋が嫌ならば告白しなければ良い話しだけど、勝手に膨れ上がる恋心は昇華しないと何時までもダラダラ思いを抱え続ける。

あの時駄目でも伝えておけばとか…。燻り続ける火種の様に心の中に淀みを残す。

だらだらと引き摺って、前に進めなくなる予感がする。結果が失恋であっても、区切りが着くのならば恋心を終わらせるのも必要な事なのかもしれない。最近そう思うようになってきた。

(冷たくも無く、熱すぎないぬるま湯に浸かってる感じで…居心地良すぎなんだよね)

笠松君は兎に角、私にとって心地良い関係。

崩すには惜しい関係で、けれども永遠は無いし…感情は誰にも止められない。

女子と旨く話せない笠松君と笠松君とその女子と橋渡しの私。

需要と供給で…クラスメートとか教師陣にも求められている間柄。皇室御用達ならぬ、海常お墨付きの笠松君係。

森山君曰く…。

「今現在、笠松と他の女子との橋渡し役は以外の専門職いないから、しっかりヨロシク」

等と無責任にもそんな事を言う始末。小堀君も…武内監督ですら、内心はそんな風に思っているに違いない。

私の恋心など完全に二の次である。

でも仕方がない、森山君達にとっては私<笠松君なのだから、当然の事だと思う。

たいして仲の良いわけじゃない同級生と、部活の仲間で友人なら…私だって仲間をとる。

当然の答えだと本気で思う。

こんなやりとりは、笠松君と仲良くなってから頻繁にあって完全に耳タコであった。

笠松君と私はセットという認識が入学しからの僅か1年で定着している。別に、生徒手帳に載っている訳でも無いのにある意味凄い浸透力である。

こういった内容は私の心…勿論笠松君の気持ちなど置き去りのケースがほとんどで、時々笠松君への思いを綴った所謂、ラブレターの受け渡しまで行わなければならないなど様々であった。

(私マゾでも修行僧でも何でも無いのだけど…苦行で悟りを開けとかそんな感じなの?)

理不尽すぎる現状に心が折れそうなることは、一度や二度では終わらない。
数々のかなり心に刺さる出来事がありながらも、結局好きな事に変わりが無く…本当にどうしようもない。確実に惚れた弱み以外の何ものでも無い。

しかし片思いすること丸一年。三年生になれば受験も待っているし、何より私も部活をしている訳で、心のもやもやを引きずったままでいられる程器用じゃない。

何より、色々な欲と負の感情と…見ているだけでよかった時間からの変化に私自身がどうすることもできなくなってきた所為もあり、笠松君には悪いけれど、高校二年、インターハイ予選前に私は意を決して笠松君に告白する事を決めた。

私以外の女子とのコミニュケーションが相変わらず不得手な笠松君にとって、私が今から彼にすることは裏切り意外の何物でも無く、真に笠松君の事を好きならば耐え忍ぶことも彼に対する愛なのかもしれない。でも私は、大人でも無くまだまだ経験知の無いガキである。

だから、私は自分を優先する事に決めたのだ。


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2014.6.5.From:Koumi Sunohara

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