夏空の星の物語

天の川の雫


ジリジリと陽ざしが眩しい。
人の思いなどと関係なく、時間は無情だけれど等しく流れる。
気が付けば…季節は太陽の季節を迎えた。

精ちゃんが学校に居ないけど、やっぱり時間は動いていて、当たり前のような日々が過ぎる。
そうして、ああもうすぐ七夕か…何てぼんやりと思い始めた頃、私は少しばかり昔の話を思い出す。

キラキラと輝く太陽と、緑と土の匂いを運ぶ風。
精ちゃんと川辺に取りにいった七夕用の笹。

小さい私達にしてみれば大きな笹は、今考えると普通の大きさだったのかもしれないけれど。それでも、大きな笹に、短冊を付けたり飾り付けをしたり、そんな風に作り上げていった七夕の準備。

とても器用な精ちゃんは、飾りも、結ぶのも私なんかと比べれないほど、手際が良くて…小さな頃の私は、精ちゃんの手は魔法の手だなぁ〜と思っていた時期もあった。

そんな精ちゃんが、作業をしながら…短冊を1枚手に取り言葉をポツリと呟いた。

「天の川の雫で墨を擦って、短冊に願いを書くとお願い事が叶うんだって。はどんな願いをするんだろうね」

今思えば、そう言った貴方は何処か遠い目をしてたのかもしれない。それでもその時は、少し寂しそうだなぁ〜と思ったに過ぎなかった。

そんな思い出も今になれば遠いような気がする。その目は何処か遠くて、此処に居るはずの自分を見ていないような気さえする程で。
寂しさも有ったけど、そんな言葉を紡ぐ精ちゃんはきっと託したい願いがあるのだろうと思った。

そう言えば…あの日の私は精ちゃんに何と答えたのだろう?
少し前の筈なのに上手く思い出せない。短い時間ではあるが、私と精ちゃんとの間にできた溝は非常に長い過去の出来事のように曖昧になっていたのかもしれない。

でも仕方がないのかもしれない。子供と言うには変に成長してしまった故に、思い出も風化するのだから。

本当に幼かったあの頃、本当に天の川の雫があって…それで墨と混ぜることが出来たら、願うが叶うと信じていて、まるでサンタクロースがプレゼントを持ってきてくれると信じるような、そんな感覚で信じていた。けれど、時間が経つにつれて、天の川が星である事…そもそも天の川の雫なんて無い事を知って、私は少しずつそんな話を忘れていった。

そして今。願い事をするのなら、ただ一つ。
例え自分がもう二度と精ちゃんと関わらない人生になっても、精ちゃんが元気になることが今の私の願い。

けれど、天の川の雫なんて実際には無い。
夢物語のような願いなのだろうか?そう思うけれど、そんな夢のような事にでも縋りたいと思う。

好きな物を断って、願掛けをしたり。無駄かもしれないそれでも足掻きたいと思う。私に出来るのはそんな些細な事でしか無いから。

例え、精ちゃんが望んでいないことだとしても、私は…願わずにはいられない。

そんな人にとってはどってことの無い決意をしたまま、精ちゃんの倒れた冬から季節は七夕の季節になろうとしていた。だからだろうか、天の川の雫の話を思い出したのは…。


精ちゃんが居ようが、私が悩もうが…時間は等しく流れる。冬が過ぎ春になり夏がくる。人間関係もそれと同様に移ろったり、仲良くなったりとそれぞれの時間を刻む。それは私であったり精ちゃんであっても平等に訪れる。


精ちゃんの周りの人間(テニス部)にしてみれば、私の決意は、不思議な光景に映っているようだった。仲が良いなら、そのまま過ごせばよいと、それが当たり前だと考える人達。

人…幸村精市と幼馴染として見る人達。カリスマ性やテニス部部長で、容姿端麗の彼では無く、幸村とという二人を見てくれる。

それが当たり前で、それが普通だと。周りに流されずにブレナイ人達が精ちゃんの周りにはいる。

けれどそれは、ごく一部である。世界の中の小規模の存在。

自ら強い意志を持つが故に持ちえる自信。

彼らの常識は、彼らの世界のモノ。

クラスメートや精ちゃんに憧れを持つ、不特定多数の方が、彼らテニス部の規模を上回る。そう言う人間にしてみれば、私は非常に邪魔な存在といえる。私も強い意志の持ち主じゃないから、その気持ちが痛いほど分かるつもりだ。

弱い私にとって、テニス部レギュラー陣は精ちゃんと同等に眩しく感じる。けれども、レギュラー陣はそんな私の気持ちは分からないわけで、普通に話しかけてくるし、友人ないしクラスメートの一人として私に接している。

その内の一人として、柳君が居る。

クラスメートでもある彼は、気がつけばクラスの中の男子の中でよく話をする人となっていた。興味のある話題をうまくもってくる人だった。その話術が彼の立海テニス部のブレーン故であることに気がついたときには、ある意味遅かったのかもしれない。


国語の時間の中で、書道をする時間がある。半紙に課題の文字を書き提出する時もあれば、手紙をしたためるという事もある。今日は、パートナーを選んで手紙を書くという課題の日であった。まぁ、書いたもの教師に提出する訳ではないのだが。

私は仲の良い友人と組むはずだったのだが、何故か…柳君に捕獲され、向かい合って紙に向かっていたりするのである。

「何でまた、私を相手にしたの?」

「しいて言えばだからだろうな」

しれっと言いきる柳君、まったく表情が読めない。

「柳君宛の手紙なんて長文でかける自信は無いよ。寧ろ、挨拶でネタ切れだよ」

苦笑を浮かべてそう言えば、彼は微笑を浮かべた。

「そうだろうな。ならば、もう1通書いてみれば良いだろう」

そう言ってのける彼の言葉に、私は何とも言えない表情になった。

(精ちゃんに書けって事を言いたいがために私と組んだ訳ね)

過る幼馴染の顔を思い私は、話を変えるべく別の言葉を紡ぐことにした。

「そう言えば…七夕って、織り姫と彦星の話しがよく出るけど、書道が上手くなるようにってお願いする日でもあるんだよね」

「ああ。よく知っているな。笹の雫を墨に混ぜ、書道の上達するように願い笹に吊したのが始まりだとか…そんな話があったな」

「へー…その話は知らないけど。ただ昔、天の川の雫で墨を擦って短冊に願いを書くと叶うって…そう言われた事はあったけど…そう考えると強ち嘘じゃ無いんだね」

「もしも願いが叶うとして、は何を願う?」

「え?何藪から棒に」

少し笑ってそう言うと、柳君は真剣な表情のまま静かに言葉を紡いだ。まるで、刑を告げる審判の声の様に。

「俺は…もしも願いが叶うとしたら。が精市に会いに行くことを願う」

突然言われた言葉に、私は上手く笑うことは出来なかった。
けれど、笑い話にしなくてはいけないという使命感が私に言葉を紡がせた。

「柳君…もっと違うお願いにしなよ。ほら…全国制覇とかね」

そう笑って冗談にしようとする私を、許さぬ様に…柳君は再び言葉を紡ぐ。
言い訳など聞かないと言うように。

…精市はを待っていると俺は思う」

水面に波紋が静かに出来るように…静かに重くその言葉は、私の耳に響き渡る。

「や…柳君」

突然言われたその言葉に私は当たり前の様に狼狽えた。今の今まで精ちゃんの話題など振ったことの無かった、柳君のその不意打ちとも言える言葉に。
そんな私の気持ちが表情に出ていたのだろう、柳君は少し肩を竦める。

「そんなに驚くことでは無いだろ。精市の側に居れば、自ずとの話もでる。それに俺は仮にも立海大の参謀と言われいるからな、人よりは観察能力にすぐれている」

(言われてハッとする。そう…柳君は立海大の頭脳…データーマンだもの、それに精ちゃんと仲良いもんね)

心の中で思いながら、私は何となく納得した。
けれど、少しだけ腑に落ちない気持ちにもなる。

(何故今なのだろう?こんなにあざとい人なら…こんなに時間が経過した今頃まで気が付かない訳が無いのに)

言葉にしていない私の気持ちを予想していたように、柳君は言葉を紡ぐ。

「正直言うつもりは無かった、これはと精市の問題だから。だが、あの精市が少し最近は元気が無い。否…元々、弱いところを見せていないにしろ…精市とて不安だったろう。そんな友が待っているのはやっぱりなんだと思った。友として精市を元気に出来る可能性があるなら賭けてみるも悪く無いと思った。の気持ちもあるだろうが、俺はお節介をやこうと思ったっんだ」

(どれほどこの人は、この言葉を告げるのに勇気がいただろう?)

掠めた思いと、彼の決意に私は少し心が揺れた。治って欲しくて…精ちゃんに会わない決意をした…けど…私が行くことで少しでも精ちゃんの精神が安定するならと言う気持ちが生まれる。
けれど、私は柳君の思いには答えることができないという様に首を横に振った。

「それは何故だろう?」

「単なる自己満足なんだと思う。あまりに、子供じみている理由だからこそ、何をそんなに意地になると思われるようなそんな理由なの」

そう私が呟いても、柳君は真っ直ぐ私を見て理由を

「例えにとって子供じみた理由であっても、貫くと決めた事を馬鹿にする程俺は、人でなしでは無いと思う。だからせめて理由だけでも教えて欲しい」

あまりに真っ直ぐすぎるその目に、私は告げるつもりのなかった思いを口にした。願掛けの様な事を…。



子供じみた自分の思いを聞いてもなお、柳君は何時も通りの表情で、小さく言葉を紡ぐ。

「会う方が効果的だと思うが」

至極当然のように紡がれた言葉に私は少しの苦笑とともに言葉を返した。

「そうかもしれないね。でも…今の私じゃ向き合えないから駄目だと思う。それに、私の些細な祈りでも神様に伝わるなら賭けてみたいの。だから、会えないけれど手紙は送ろうと思う」

「まぁ…一歩前進しただけ良しとしよう。手紙を書いてくれるのだろう?」

小さく…けれど深く柳君は息を吐きながら、そう応えてくれた。
そんな優しい彼に、私は甘えることしかできなかった。

「ゴメンね迷惑かけて」

「迷惑ならお互い様だ。無理時を敷いたようなものだろ?だからこういう時はありがとうでいい」

「そっかありがとう柳君承諾してくれて」

「仕方がないだろ。承諾しなければ、その手紙は永遠にお蔵入りだろ?」

困ったように眉を少し寄せながらも、柳君はそう言って私の願いを承諾してくれた。精ちゃんよりの人間である彼にしては、最大の譲歩であり私への優しさの様がした。

「まぁそうだね。今日柳君と話さなければ、きっとお蔵入りだね。でもね…何だか柳君って御利益ありそうじゃない、だから頼んでみようと思ったのかもね。本当は真田大明神に祈願した方が良いのかもしれない。けどね…」

言葉を選びながら私は、柳君にそう返す。そんな私の言葉に柳君はすぐに言葉を紡いだ。

「弦一郎は自分にも他人にも厳しい。確かに」

「厳しくて正しいね。だけど…私には受け止めて…生かす勇気が無い」

苦笑を浮かべ私はそう返した。

「幸村ならば“こんな事しかでは無く、こんな事が出来るだろ?”と言う。これは100%の確率で言うだろう。第一が見舞いに行った方が喜ぶと俺は思う」

そう返答した私の表情は本当に冴えないものだったのだろう、柳君は私に気を遣うようにすぐにフォローの言葉をくれた。本当に優しい人だと思う。

そんな優しい柳君に対して私は恩を仇で返す様な言葉を紡がねばならなかった。
流れるだけ…流されるだけだった私が唯一決めた思いのために。

「そうだと嬉しいけどね…でもね…今回は後悔しないって決めたの」

「会わないことを後悔する日が来てもか?」

責めるわけもの無い柔らかい口調だった。

「そうだね。私一人の、思いと願いで治るなんて思わないけど。それでも、神様が聞き入れてくれるなら。私は賭けたいと思うよ。幸村君は絶対に治って…全国大会に出る…だから全国の舞台に立つまで会わないの」

「何時どうなるかもしれなくてもか?」

「分かってる…明日の確証なんて無いよ。人生何が起きるか分からないもの…」

「ならば…」

「だからこそ、私は信じるために幸村君に会いに行かないの。私が行ってしまったら、もう2度と幸村君が表舞台に立てない気がするから…だから私はお見舞いに行かないんだよ。例え、幼馴染み失格だと言われても…」

「精市どうよう頑固だな。分かった、その決意に免じてこれ以上は何も言わない」

「有り難う柳君。笹にかける願いも良いけれど…柳に託す思いと言うのも案外届くかもしれないね」

私は短く書いた柳君への手紙と、精ちゃんへの手紙を墨の香る紙に柳君に託した。私にとっての最大の勇気として。


2009.6.18. FROM:Koumi Sunohara
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