夏空の星の物語

笹代わりの柳に託す想い

幸村精市と言う男は、基本的に策士であり…世渡りが上手いと俺は思う。
一応立海大テニス部参謀などと呼ばれているが、実は精市の方が策士なんだと俺は常々思っている。

試合の運びにしても、部員を統括する点でも、威力もあるし何だか丸め込まれる雰囲気が精市にはある。

だが、テニスなどを抜いた時…否…一人の存在に対しては、精市もどうして良いのか分からないらしい。
それは精市の幼馴染みであり、俺と同じクラスのと言う存在だ。

見た目も、人柄も何処にでもいる普通の少女。
けれど、精市と周りのパワーバランスを誰よりも気にかける人であるように思う。
常に精市の邪魔に成らない位置に居て、少し離れた位置から見守る存在。

精市がそれに気が付いてるかは不明だが、奥ゆかしく…三歩後ろに控える武士の妻のようなそんな位置だった。
その彼女の…の姿勢は俺から見ても好ましく感じる。

そもそも、テニスに打ち込んでいる訳で、正直ファンとか彼女とかに避ける時間など皆無に近い。
それを苦とも思わず、その相手を尊重できる人間など一握り。学生である俺達ならその確率は一気に減るといえる。

でもそれは当事者では無い、他人の意見。
実際の所は、なかなか、彼女と精市の溝は埋まらない。
精市が頑張れば頑張るほど、との距離は一向に埋まらないのだ。
そんな攻防の日々が通常で、当たり前だった筈だった。

精市が倒れさえしなければ。

精市が倒れた日。
テニス部一同は勿論、精市を見舞ったし…ご両親にも連絡した。
だから、俺は幼馴染みであるも勿論この場に居るだろうと思っていた。

精市が倒れるという異常事態に、だってやってくるのだろうと思った。
けれど、彼女は一向に見舞いに訪れる気配無かった。

寒さ厳しい冬が明け…桜が舞って、学年を一つ上げても…は何を思うのか、精市の見舞いには訪れる様子がない。
そもそもそんな義理は無いと言ってしまえば、すむ話ではあるが、他人の俺が勝手に踏み込んで良い問題では無い。
分かっているが…それでもお節介を焼いてしまうのは、誰の為なのか…単なる精神的な衛生のためなのかもしれない。

俺は気が付けばに声をかけていた。

少し良いだろうか?」

「ん?柳君」

彼女は少し困惑気味に笑って

そして何だか、精市の話から七夕の話になり…そして精市の話に戻り、俺はから幸村へ手紙を託される事になった。
勿論俺は、直接渡した方が良いと促すが彼女の意志は固くと願いをうけることとなってしまった。
何だかんだ、俺は精市にも甘いがにも甘いのかもしれない。

仕方がなく承諾する俺に、は安心したように笑みを浮かべる。

「良かったよ。承諾してくれて」

「仕方がないだろ。承諾しなければ、その手紙は永遠にお蔵入りだろ?」

「まぁそうだね。今日柳君と話さなければ、きっとお蔵入りだね。でもね…何だか柳君って御利益ありそうじゃない、だから頼んでみようと思ったのかもね」

冗談ぶいてそう言ったあと、俺をちょっと見てから続けるように言葉を紡ぐ。

「本当は真田大明神に祈願した方が良いのかもしれない。けどね…」

「弦一郎は自分にも他人にも厳しい。確かに」

「厳しくて正しいね。だけど…私には受け止めて…生かす勇気が無い」

凄く困った表情と苦笑を混ぜた複雑な表情のまま、彼女はそう言う。

「幸村ならば“こんな事しかでは無く、こんな事が出来るだろ?”と言う。これは100%の確率で言うだろう。第一が見舞いに行った方が喜ぶと俺は思う」

「そうだと嬉しいけどね…でもね…今回は後悔しないって決めたの」

「会わないことを後悔する日が来てもか?」

「そうだね。私一人の、思いと願いで治るなんて思わないけど。それでも、神様が聞き入れてくれるなら。私は賭けたいと思うよ。幸村君は絶対に治って…全国大会に出る…だから全国の舞台に立つまで会わないの」

「何時どうなるかもしれなくてもか?」

「分かってる…明日の確証なんて無いよ。人生何が起きるか分からないもの…」

「ならば…」

「だからこそ、私は信じるために幸村君に会いに行かないの。私が行ってしまったら、もう2度と幸村君が表舞台に立てない気がするから…だから私はお見舞いに行かないんだよ。例え、幼馴染み失格だと言われても…」

「精市どうよう頑固だな。分かった、その決意に免じてこれ以上は何も言わない」

「有り難う柳君。笹にかける願いも良いけれど…柳に託す思いと言うのも案外届くかもしれないね」

そう言ったの表情は、
直接的では無くとも、が言う様に…俺経由であろうが…の思いが精市に届くなら…笹代わりにでもなろう。
そして、の言うように全国で勇姿を見せる精市の姿が叶うことを…俺も願おう。
願わくばその時には、と精市の並ぶ全国大会になることを祈って。


2008.8.4.From:Koumi Sunohara
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