霧 |
− 見落としがちな本質 − |
世の中に色々な人間は居る。
おっちよこちよいな人、頭の良い人。
気配りな人に世渡り上手な人。本当に様々。
まぁそれだけじゃなく、色々な面…時には長所短所と呼ばれるモノを持って人は生きている。
故に私は思う。
(完璧な人間は居ない)
そう信じて居る。
だけどそんな信念を持っている私にとって、ある一人の人物が見事に頭を悩ませたのである。
酷い言葉かもしれないが…その彼は宇宙人の様な存在だった。
その人物の名は…柳生比呂士…テニス部所属の、知的で紳士的なクラスメート。
実家は医者で、本人自身も頭が切れる…ルックスも悪くない…寧ろ良い方の部類に入る。
非の付け所を探す方が難しいお人である。
その事を考えると、このお方柳生氏は有る意味完璧に近い人間なのかもしれないと私は思う。
だけど私は、そんな人物に違和感を感じて仕方がない。
(本当に演技では無く自然に立ち振る舞っているのだろうか?)
浮かぶはそんな思いばかり。
その度に、紳士と呼ばれるクラスメートに感じる違和感。
普通では感じないだろう引っかかりが、私の中には存在している。
万人に優しく出来る…本当に何処ぞの英国紳士も真っ青なほどに彼は何時だって、気配りに余念がない。
その優しさが大発揮されるのは、やはり女子生徒や女の人に対してだ。
別に歯の浮く様なセリフを言う訳でも無い。
たださりげなく思い運搬物を持ったり…色々気配りが凄いのだ。
だがその程度なら割と何処にでも居る。だが彼は何処までもさりげ無く、徹底した紳士ぶりなのだ。
でも彼の紳士ぶりにエッセンスとなる要因も有ったりする。
ダブルスのパートナーでありチームメイトの仁王氏だ。
まぁ彼に関しては、柳生氏の逆のタイプと言う感じの人物。何というか俗物さ加減を感じずには居られない人って感じで。
そう言った事も利用して、派手な感じの仁王氏と同行しているから余計に、彼の紳士ぶりは際だって見えるのかもしれない。
兎も角色々差し引いても、柳生比呂士と言う人物は好青年ならぬ好少年に当たる筈である。
ともあれ普通ならば素敵だとか…優しい人だとかって思えるはずの、この人に対して私はぬぐいきれない思いを抱く。
(柳生氏のその優しさが非道く、冷たく思えるのは私の性格が屈折している所為なのだろうか?)
普通なら感じないだろう思いに自嘲気味にそんな思いばかりが浮かぶ。私はそんな嫌な気分に知らず知らずに首を振った。
(嫌だわ何だか卑屈になってる。しかも自分の事じゃなくて他人の考察如きで…ヤダヤダ…)
首を振った所で一度浮かんだ思いは消えなくて、私は小さな溜息を一つ吐いた。
丁度その時だった。
「さん」
そんな風に考えている最中、私は急に人の声で現実空間に呼び戻された。と言っても別に異空間に居た訳じゃ無い、勿論言葉の文って奴だ。
「おやさん何かお困りですか?」
「別に困ってませんよ」
彼に習って笑顔付きで答えるつもりが…何ともぎこちない愛想笑いを浮かべながら、そう言うのが精一杯だった。
そんな私に柳生氏はやっぱり表情の読みにくい、微笑を浮かべて言葉を続けたのだ。
まるで某国の微笑みの貴公子真っ青に…。
「ですがあまり顔色は優れない様に見えますが。無理なさってるんじゃ無いんですか?」
眼鏡をクイっと軽く持ち上げて彼は言う。
だが私はこれ以上の会話は精神衛生上よろしくないと踏んだので、断りの言葉を紡ぎ
上げる。
「いえいえお気遣い無く」
断固拒否の姿勢を押し出すべく、柳生氏に向かって片手を突き出すポーズを取った。
まるでそれは、セールスお断りのポスターの様なポーズで我ながら可笑しな格好である。
断固拒否の形を取る私に、柳生氏は珍しく眉を寄せて私の方をジーッと見てきた。
(ううう…何だか居心地悪い…今度は何て言ってくるのよ〜)
柳生氏の次の言葉を予測しながら、私はクラクラする頭を何か堪えて、彼の言葉を待
つことにした。本当はダッシュで逃げたい気分だけど…ね。
そんな私の早く言うなら言いやがれ!のオーラをくみ取ってくれない柳生氏は、たっぷり間をあけてから言葉を紡ぎ出してきたのであった。
「もしや私は…さんに嫌われてるんでしょうか?ただ私は心配で尋ねているだけなんですけどね…」
「いや別に嫌いでも無いんですけど…と言うか心配されるほど仲が良いとも思えませんが」
思わず敬語に敬語で返す私。
「では言葉を変えましょう」
“ふむ”と腕を組んでから、彼はそう言ってから一拍おいて私にまた言葉を紡ぐ。
「さんは私の事が苦手でしょう。きっとこの言葉が一番合ってる気がしますが…如何ですか?」
丁寧な言葉使いが妙に冷たい響きを含み尚かつ、ピッタリ当てはまっていたので私は
言葉を返すタイミングを逃してしまった。
「…」
思わず黙る私に、彼は沈黙は肯定と取ったのか小さく笑って見せた。
「本当に正直な方ですね」
馬鹿にする訳でも無く、本当にそう思っているらしい言いぶりで彼は言う。
私は何だか、敬語を使ったり…色々作戦を立てて柳生氏から距離を置こうと思ってい
たのが、何だか馬鹿らしくなり…開き直って対峙する道を選んだ。
「そりゃどうも。じゃそう言う訳なので構わないで頂けると嬉しいんだけど」
先程とうって変わって口調の変わった私に気にとめず彼は我が道を行くように言葉を紡ぐ。
本当にマイペースな人だ。
「宜しければ何故私のことが苦手なのか伺ってもよろしでしょうか?」
不意に言われた言葉の意味に私は一瞬理解に苦労したが直ぐに…(何言ってるんだこの人。やはり宇宙人か?)などと少しパニック気味に陥った。
だが、落ち着いて言葉を理解した私はやっぱり妙な引っかかりを感じたのだ。
(何か…拒否権の無しって感じの尋ね方のような)
思う違和感に頭を悩ませながら、私は彼の放った言葉をもう一度考えた。
下手に出て尋ねられているのに関わらず、柳生氏の言葉は何だか有無も言わせぬ響き
を含んでいる。
何というか初めから、言わせる意図を感じる言葉の響きなのだ。
私はしばらく、その得体の知れないオーラーを感じる柳生氏を見た後に、諦め半分に
口を開いた。
「それって…拒否権無いでしょ」
「何でそう思うんですか?」
「私が貴方を苦手とする理由に通じる所と関係してるとでも言っておきましょうかね」
はぐらかす様な物言いの柳生氏に私も負けじと言葉を濁し返してみる。
すると…。
「それはそれは。ますますお話を伺わなくては気になって眠れませんね。それにコレを機に言ってしまえばさんもスッキリしますよ。魚の小骨が喉に刺さったままで
は気持ち悪いですからね」
私の言葉を聞き終わった柳生君は、小芝居のかかった口調でそう言ってきた。まったくもって役者である。
私はそう言ってきた彼の言葉を、反復させながら…さてどうしたものかと考えた。
(魚の小骨が喉に刺さったままって言うのは気持ち悪いけど…それって要するに。吐いたら楽になるぞと言う警察対犯人の状況よね…つまり…やっぱり拒否権は無いじゃ
ないのさ)
結論に行き着いた私は、すぐさま其れを言葉にした。
「やっぱり拒否権なんて無いんじゃない」
呆れ顔でそう言えば、彼は「そうですね」と楽しそうに笑って答えた。
何がそんなに楽しいのか理解に苦しい私は、微妙な表情のまま柳生氏を見やれば彼
は、心底楽しげに…楽しそうな理由を口にし始めた。
「今までそんな風に気にされたことも有りませんでしたから…何だか楽しくなったんですよ」
サラリととんでもない発言をする紳士殿に、私はもはや聞き流すという荒技で対処す
るかなかったのである。
柳生氏の言葉で、無かった事にする算段の私の希望を…彼の無情の言葉によってあっさり砕いてくれたのだ。
「私は結構気が長いですから。さんがお話しして下さるまで待ちまよ」
ニッコリ笑ってそう言って地雷を落としていった。
そして更に…彼は忘れた頃に言葉を付け足した。
“そうそう持久戦は結構得意ですよ”と私にとってあまり聞きたくない言葉を聞かされて私は、益々疲れを感じる。
(持久戦なんてやったら…私の精神が持つかどうか…やっぱり拒否権無しなのね)
私は今日何度目かも知れぬ溜め息を吐きながら、紳士と呼ばれる男に言葉を返すことにしたのだった。
「分かった降参。言うわ言えば満足してくれるんでしょ。でも聞きたくない話でも私は一切の責任は負わないからね」
一気に言葉を紡ぎ、柳生氏の口を挟ませずに私はそう口にした。
その私の腹を括った物言いに満足したのか彼は、黙って私の紡ぐ言葉を待っている。
私は、しかたがなしに柳生氏に抱く私の違和感などを彼に話した。
まぁ変に言葉を濁したりしても、また面倒な事になりそうだと学習した私は、ちゃんと紳士的な姿勢が嘘くさいとか…結構失礼な言葉も交えて彼に説明をした。
それが良かったのか彼は、少し考えた後満足そうに頷くと私にとって意外すぎる言葉を紡ぎ出してきた。
「そうですか。成る程」
かなりあっさりとした返答に、私は呆然と柳生氏を見返した。
(ちょっと待て…今のは納得する場所では無く…滅茶苦茶怒るか…呆れるか…そんな感情が溢れ出す箇所じゃ無いのかね?何で彼はあっさりと納得するんだよ…)
自分でも失礼な言い分を百も承知している私は、心の中で思いっきりそんな言葉を吐き出した。
実際口に出して言ってないだけ…良かったかもしれないと思いながら、私は訝しい気に彼を眺める。
流石の紳士殿も不躾に感じる視線に気が付いたのか、私に声をかけてくる。
「おや。ぼんやりしてますがどうかしましたか?」
「確かに思ったことを言ったのは私だけど…。そんな反応が返ってくるとは正直思っても見なかったから…」
「おや。ご期待に添えなかったと言った所でしょうか?」
「別に期待に添わなくてもまったく関係は無いし…痛手も損失も無いけどね」
“ははははは”と乾いた笑いを付けながら、私は何とも言えない表情のままそう言った。
「ともあれさんが私が苦手とする理由が少し分かりました」
「そう?忙しい柳生氏には無意味な時間だったんじゃない?」
そう嫌みたっぷりに言ってみるが、彼はやはり紳士姿勢を崩すことなく言葉を紡ぐ。
「いえ。知り得ないことを知ることに無意味なんて有りませんよ」
「あっそ。何か柳生氏に何を言っても、そんな風に丸め込まれるんだね。何か私ばかり疲れた感じだわ」
脱力しながらそう言う私に、彼は来たときと同じ様な笑顔を浮かべて言葉を返してくれた。
「本当にさんは面白い方ですね。私はさんの事を好ましく感じてますから…さんも少し私に良い方面の興味をもって下さると嬉しいですよ」
そう言いたいことと勝手に満足して、柳生氏は私も元から去っていた。
まるで台風一家が去っていたかのように…。
(もしかしたら…この人は紳士という皮を被った策略家って感じだわ)
しみじみ思いながら私は、急激に体に疲労感を感じ思わず大きく息を吐いたのだった。
完璧な人間は居ない
完全な善人も居ない
それだけが立証されただけ、この日の会話は柳生氏が言うように案外有意義なものだったのかもしれない。
そしてしみじみと思う(柳生比呂士氏は私にとってやっぱり苦手な人種なんだ)と。
おわし
2004.10.5. From:Koumi Sunohara