予報にない雨  

中学校は、小学校の時に感じていた『遠い』存在が意外に身近で、あまり変わらないのだと痛感した。
私服から制服になった事、少し男女間での溝が出来た事ぐらい。あと、昼休みに力一杯に遊ばなくなったぐらいだろうか?

それ以外は、特に変わらないと思う。
毎日決められたカリキュラムをこなし、友達と会話をして、帰宅。

他の人にしてみれば変わった事が多々あったかもしれないけれど、私の中では特に変わらないと言う言葉が大きい。

案外『遠い』とか『大人』だというイメージは、実際なってみるとそうでもないのだと思う。

小学校の終りに疎遠となった、幼馴染の存在については小学校の頃と変わった大きな変化なのかもしれない。

兎に角、私自身は取り留め変わる要素は無く、友人にも恵まれ、実験好きが功をそうしたのか入る事になった科学部での生活も結構楽しいものである。そう考えると、中学に上がっても私は周りや人に恵まれ、実に過ごしやすい日々を送っているのだ。

だからと言って全てが、順調であるかと聞かれると…まぁ人生色々あるわけです。苦手なものも同じように出てくるもので。

(例えば…英語とか英語とか…数学とか)

まぁ…それは今は良いんですよ。成績上、良くは無いけれど、そんな事はどうにでもなるかもしれないので、ひとまず置いておく。

苦手というのだろうか?言葉選びに少し悩むところだが…きっと苦手の分野にカテゴライズされるのだろう…そんな人に私は、入学して数週間目に遭遇うすることになったのだ。


それは何時もと変わらない放課後。
強いて変化があるとすれば、部活も無く宿題が出されていて、図書室で宿題なんかをやっていた…そんな日だったと思う。予報には無い雨の様に、突然の変化が訪れる事になったのは…。


静かで少し本が置かれる独特な香りがする図書館で、私は出された宿題と睨めっこをしていた。

どのくらいの時間宿題に向き合っていただろうか、不意に私の頭上に暗い影の様なものが落ちたかと思ったら、突如その頭上から声が聞こえたのである。

「こんにちわ」

不精髭に、某少年漫画の海王様そっくりな丸いサングラスをつけた、恐らく先輩と思われる人物が私の真後ろから私の頭めがけてそう声をかけてきた。

「こんにちわ」

交わされた挨拶に私も応じつつ、この人物に見覚えも無い私は心の中で「はて?」と首をかしげる。

そもそも、声のかけ方からして可笑しい状況で、私の頭はますます混乱の一途をたどる。

第一挨拶をしたは良いが、何故声をかけられたのかも不明な私は不躾で失礼ではあるが、その人物が声を発するのをただ黙って待つ事にした。

私の不躾な視線にも気にした様子もないまま、その人はニコニコ微笑みをたたえたまま、縁側にたたずむ老人の様に私に話を振って来た。

「宿題ですか?精が出ますね」

「はぁ…まぁ」

「まだまだ新入生ですからね、なれない事もあるでしょう」

「入ったばかりですからね」

果たしてこの人は何を言いたいのか?意図の分からない会話が、私とその海王様もどきの人とで繰り広げられる。はっきり言って、実りのある会話とは言えない。

そんなやり取りが、しばらく続く中で、海王様(仮)は思い出したように、手を打った。

「いやー。こんなに会話をしていましたが、自己紹介がまだでしたね。いやー失礼失礼」

本当に今更という状況に、私は思わず目を数回瞬かせた。

「改めて、僕の名前は大和祐大と申します。君の先輩に当たる3年生です。ですので、怪しい変質者では無いので安心してくださいね、さん」

ニコニコ笑いがら海王様(仮)もとい大和先輩は、告げてもいない私のフルネームを口にしながら、握手を求める様に手を差し出してきた。

自ら“変質者”では無いと言いう辺りに若干の怪しさを感じながらも、私は差し出された手をむげにすることも出来ずに大和先輩と握手を交わした。

(何で私の名前知ってるんだろう?)

何故か自分を知るその人に、多少以上の疑問を感じながら、その自称変質者では無い大和先輩をぼんやりと眺める。

私の視線にあまりに気にした様子も無い大和先輩相手に(そう言えば自分の口で自己紹介していない)と言う事に気がついた、私は慌てて言葉を紡ぎだした。

「何故、先輩が私の名前を知っているのかは不明ですが。今年入学しましたです」

何とも間抜けな自己紹介を口に軽く一礼。

さんのお名前についてはニュースソースは明かせませんが、ストーカーではありませんのでそちらも重ねてご心配ありませんよ」

本気なのか冗談なのか判別が全くつかない口調で大和先輩はそう言った。正直、海王(仮)だからだと勝手に納得したい気分でいっぱいだった。

そんな風に強く思っていた所為だろうか?私は先輩相手に、無謀にも失礼な言葉を口にしていた。

「大和先輩は海王様のお仲間ですか?」

正直口に出た瞬間に(シマッタ)と思ったが、過ぎた事は戻らないので、変な事を聞いた空気を出さない様に努めて平気な顔で、返ってくるか不明な返答の返事を私は待った。

(絶対頭の弱い子もしくは、おバカさんだと思うわれてるよ。寧ろ、校舎裏へ連れてかれて撲殺?)

内心ビビりまくりな私に、大和先輩は呆れるでも馬鹿にするわけでもなく私への返答を口にし始めた。

「海王様…ああ。残念ですがさん。眼鏡は似てますが、僕は海王様の仲間ではありませんよ。ギャグなんて思いつきませんし。どちらかと言うと、手塚君のお仲間ですかね」

「そうなんですか…ってええ?(今手塚って言った?)」

さも当然の様に、紡ぐ言葉の中に現在は疎遠になってしまった幼馴染の名前に私は凄く間抜けな顔で大きなリアクションをさらす羽目なった。相変わらず、大和先輩は読めない表情のままニコニコと笑みを浮かべている。

「はははさんは、本当に楽しい方ですね。実に反応が素直です」

「はぁ…」

予想外というか、ある意味そう言った予想もありと言うのか…そんな展開に(校舎裏へ連れてかれて撲殺?)の線が消えた私は、色んな意味で脱力した。

そんな若干意気消沈した私の様子に、大和先輩は気にせず言葉をつづけた。

「ちなみに、さんについてのニュースソースは手塚君ではありませんよ。僕の個人的な情報源ですので、そんなに身構えなくて良いですよ」

サラリと次から次に紡がれる言葉に、私は正直ついてゆくことが出来ないでいた。

(手塚君と大和先輩がお仲間で…海王様じゃなくて、私については手塚君から知ったのでは無い?一体何が何なんだろう?)

彼の人と知り合いで、情報源は違うと言う…良く分からない展開に私は正直意味が分からない状態だった。ただ、疎遠になった幼馴染関連と言う事を考えれば、大和先輩は取りあえずテニス部であることぐらいしか、私の脳みそでは理解できたのはその辺りだった。

テニス部である大和先輩が、ただ単に幼馴染である自分に興味を持つ経意も、手塚君との私との繋がりに気がつくのも、イコールにはなりえない事ばかりで…正直、この人が地球外生物で預言者だったり、本気で海王様ですと言ってくれた方が、納得もできるし、精神衛生上にも非常にありがたいのだが、世の中はそうそう地球外生命体に溢れてる訳では無いのである。

そんな脳みそのキャパシティー限界の私に気がついたのか、若干申し訳なさそうな表情で大和先輩が私に対して、フォローになるであろう言葉を紡ぎだした。

「ああ、そんなに悩まないでください。さんに興味を持ったのは手塚君との関係者だからです。たまたま、君を知り…僕の知的探究心故に君について調べたですよ。それと、君の居る科学部には僕のクラスの人間が居ましてね、今年入部した1年生が素直で弄りがいがあるって言ってましてね、話を色々聞いていたんですよ。それで、直接さんに会いに来た訳です」

マジックの種明かしをする様に、でも真実は上手く隠したような物言いで先輩はそう説明をした。

(変わりものの新入生を見に行こうと思ったら、自分の部の後輩の幼馴染だと分かり、野次馬魂に火がついたって感じかな)

その言葉に私は、限界に近い頭で一番馴染むであろう言葉を紡ぎだした。

「と言う事は…珍獣を見に来たとか、上野のパンダを見に来る感じですか?」

自分で言っていて正直微妙ではあるけれど、実際にその言葉が実に的を得ているように思う。

「大まかにいえばそうですね。いや〜実に良い例えですね」

手をポンと打ち、納得する大和先輩をしり目に私は、思いっきり脱力した。

「今日は正直顔見せです。手土産はありませんがね」

「顔見せって事は、何度か遭遇するってことですか?」

大和先輩の言葉に、かなりの疲れを感じながら私はそう返す。

(正直、この先輩との相性は悪いと思う。苦手という言葉の方が有ってるかも)

「そうですよ。長い付き合いになりますよさん。でわ、今日はこの辺で失礼しますよ。宿題頑張ってくださいね」

ニコニコ笑って不吉な言葉を呟きながら、通り雨の様に先輩は去っていった。
もはや当初の目的の宿題をやる気など起きない状況だと本気で思う。

おわし

2009.12.9. FROM:Koumi Sunohara

-Powered by HTML DWARF-