未だにザワメキが静まる気配が見られない職員室の中。
カツカツ。
やけに静かに聞こえる靴の音は、ザワメキの中の世界とは対象過ぎて、少しだけザワメキの中で響いていた感じがした。
その些細な音は、仕事を普通にこなしている教師達ならば顔を上げた事だろう。
だがその足を発てる手塚の向かう先は、ザワメキを作っている元凶で…。
自分たちのの事で一杯の達には気づくことが難しかった。
不意に自分の頭上から聞こえた声にと教師は、ゆっくりと声の方へと振り返った。
その様子を声をかけた張本人である手塚は黙ってと教師の出方を伺うように黙って見ていた。
その所為か、三者の視線が交わったかと思うと、静かな間が辺りに流れた。
静と言う均衡を破ったのは、との激しい口論(?)を繰り広げていた教師の声。
「ん?手塚じゃないか…どうした?」
もっともらしい言葉を紡いで、教師は現れた手塚にそう言葉をかけた。
手塚はというと、その言葉に少し遠慮がちに言葉を紡ぎ出していった。
「竜崎先生に、“先生に協力してはどうだ”と言われましたので…此方に来たのですが…」
語尾を濁し、先の言葉を相手に推測させる口ぶりで手塚は言った。
は無表情に近い表情で場を見守り、教師の顔はそれと対照的にパーッと照明が当たったかのように明るくなるのが見て取れた。
実に現金なものである。
「何!ふむふむ…手塚は竜崎先生からの助っ人と言う訳なんだな」
教師は手塚の言った言葉を噛みしめるように心の中で反復させながらも、出る言葉は独り言に近いモノだった。
手塚はその言葉に、あいまいに頷きながら肯定の意を表した。内心では…。
(別に、先生の助っ人に来た訳では無いのだが…まぁ似たようなモノか…否定すすのも面倒だしな…そのままにしておくか)
などと思いながら手塚は黙って教師を見つめていた。
は相変わらず、他人事のように2人の様子を眺めるばかり。
(ヤレヤレ…目が輝いているよ。渡りに船ってヤツだもんね…心労が一つ消えてラッキーって感じかしら…滅茶苦茶表情が明るいわ…)
は心なしか重くなる心で、そう思った。
(大方…先生は全て手塚君に押しつけて…ハイめでたしめでたし…って感じなんだろうな…私としてはめでたくなんか無いのだけど…)
この後の結末を予期して、は“ふーっ”と短い溜息を吐く。
相変わらずにハイテンションな教師の姿は、あながちの予想が外れでは無いと告げているようだった。
「出過ぎた真似でしたら…」
言いかけた手塚の言葉に、教師はギョッとした顔で手塚を見た。
心の中は(まってくれ…手塚…早まるな早まるな…)といった感じで慌てふためきながらも、教師は必死に頭を動かした。
そして突然の肩を景気よく叩き、教師は言葉を紡ぐ。
「良かったな!乾じゃないぞ…。これなら俺もお前も安心だし…」
「先生…それはそれで良いんですけど…。凄く手塚君に悪いんじゃ無いんですかね…」
「手塚?いや…何も心配するな。手塚も快く承諾してくれると言ってるし」
(言って無いのでは…先生に頼まれてって言ってるし…)
そんな風に思うの気持ちなど知るよしもない、教師は手塚に同意を求めるように目を向ける。
向けられた手塚は、曖昧に微笑を浮かべる。
それを同意と感じ取った教師はご満悦での方を見る。
「ほら、安心だろ」と言った感じで…教師は一人楽しげに言葉を紡ぐ。
は教師がまったく引く気が無い事に、気が付くと溜息一つ漏らした。
(何処が安心で…どの辺が快くなんだか…それより…よりによって手塚君か…)
教師への呆れと、今後への不安にの気分は教師とは対照的に沈んでゆくばかり。
それでもは、作り笑いを貼り付けて教師のために言葉を紡ぐ。
「そうですか。なら私も願ったり叶ったりですね。いや〜良かったですよ」
は内心(私って大人より…出来てるよね…。何せ折れてんだしさ…自画自賛せんとやってられないぐらいにさ)とか思いながら、ニッコリ笑ってそう言った。
「よろしくね手塚君」
「こちらこそ…出来うる限りの力を注ぎますよ。ご期待に添えるか分かりませんが」
そう言い合う両者を見た教師は、「良かった良かった」と恵比寿顔でそう言った。
その後両者は…手を振って見送る教師を尻目に、苦笑を漏らすのを堪えたは手塚と共に職員室を後にした。
職員室を出た二人は、取りあえず無言のまま廊下を並んで歩いていた。
重い足取りで廊下を歩くと、表情の読めない手塚は有る意味不思議な取り合わせで廊下を行き交う人の目を惹いた。
人の目を惹いている事など気が付いていない手塚はに「さて、何処で話し合おうか」と言葉を切り出した。
「学校で話しかけてくる何て、明日は槍でも降らすつもり?」
手塚の言葉に対して答えたの言葉、そんな素っ気のない言葉だった。
嫌味に近い…寧ろ悪意すら感じるの言葉に、手塚は顔色一つ変えずに「そんなつもりは毛頭無いが」と短い言葉で返答した。
手塚の様子には(嫌味…通じないのかしらね…。それなら回りくどい事は抜きね)と頭を切り換え言葉を紡ぐ。
「手塚君が言った事でしょ“学校では、話しかけるな”って約束。忘れた訳?」
語尾を強めては分かりやすい言葉で手塚に言った。
手塚は「いや…」と短く呻くような言葉を漏らした。手塚にしては珍しい歯切れの悪い返答である。
はそんな事を無視して、畳みかけるように言葉を続けた「だったら何で?」と。
手塚はやはりその言葉に、どう答えて良いか分からず益々押し黙る。
そんな手塚など滅多にお目にかかることの無いのか分からないが、行き交う人々はと手塚に好奇の目を向けていた。
好奇な視線を感じた手塚は居心地悪そうにしていたが、は時に此方を好奇の目で見る級友達に対して気にした様子を見せようとしなかった。
まったくもって何処吹く風といった感じだった。
手塚はそんなの様子を見ながら(は俺と居てどうこう…困る様な奴では無かったな…。現に周りなど気にしていないしな…。俺の読みは間違っていたようだな)そう想い人知れず苦笑を浮かべた。
苦笑を浮かべる手塚をは訝しそうに見ていた。
手塚はの視線を感じ、言葉を紡ぐ。
「その事もそうだが…積もる話しも俺には有るしにだって有るだろう…。だったら邪魔の入らない所で話をしてはどうだろうか?」
手塚のその言葉にはやっと、自分と手塚が好奇の目で見られているのに気が付いた。
そして、小さく肩を竦めると「そうね、得策じゃ無いかもね」はそう言うと、手塚と共に人の少なそうな場所へと移動したのだった。
場所を移した手塚とは、先程教師が言った『手塚家庭教師案』について話し始めていた。
「別に俺は協力の話を無理にとは言っている訳じゃ無い。ただ…俺が手を引けば、乾が後釜になると思うがな」
手塚がそう言うと、は心底嫌そうな顔で手塚を見た。
「それって脅迫?それとも…嫌がらせ?」
眉を盛大に寄せて、は不機嫌な声で手塚に尋ねる。
手塚は小さく溜息を漏らしを眺める。
「俺が嫌がらせや、脅迫したって何の得も得ないだろ」
「甘い話には裏が有ると言うのは、世の常識だもの」
訝しげに言うに、手塚は少しだけ肩を竦める。
(昔は素直だったんだがな…こうなってしまったのも…俺の所為なのか…時間の流れの所為なのか…)
過去のと現在のを比べて手塚は…そんな事をボンヤリと思う。
思いながらも手塚は言葉を紡ぐ。
「理由か…。そうだな…理由を付けるなら…“人付き合いが器用では無い俺のフォロー役にをするべく…に恩を売っておく”と言った所だ」
は手塚のその言葉に、驚いたように目を瞬かせた。
が…すぐに能面の様な表情が読みとれない表情を貼り付けて、は手塚に言葉を返した。
「何だか…その理由…別の人に考えてもらった感じがするんだけど…まぁ良いよその件に関してはね…納得したよ。でもね、君にはデメリットだらけだよ私なんか選んでも…」
の後ろ向き的な言葉に、手塚は珍しく慌てた口調で言葉を紡いできた。
「あの時は…そう言う理由で言った訳じゃ無い…と言ってもは信じてはくれないだろうが」
は黙って手塚の言葉に耳を傾けた。
紡ぎ出された言葉は…自分の言葉の足らなさ、上手く立ち回れなかった事など…に対する懺悔と渦巻く後悔の念。
それを聞いたは、言葉を選ぶようにゆっくりとした口調で言葉を返した。
「君の言いたいことも分かったよ。でもね…私を何かと関わっても良いこと無いし…後悔しても責任何て取れる訳ないし…やっぱり止めます何て言って…私はそんなこと許すつもりも無いけど。本当に良いの?」
引き返すなら今だ…。
そう言いたげには手塚を真っ直ぐ見て告げた。
それは最後の宣告のように手塚の耳の中に響く。
手塚はの真意を違えぬように、真っ直ぐの視線を受けた。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ああ、十分承知している…二度目が無い事も承知している。それに同じような関係になれるとは俺は思っていない…。だが、俺にもう一度だけチャンスをくれないだろうか?」
そう言いきった手塚は、の目の前に自分の手を差し出した。まるで、騎士が姫に手を差し伸べ…受けてもらうのを待つように。
無言のままは差し出された手塚の手と手塚を交互に見る。
の視線の先の手塚は、真っ直ぐな目での目を見つめていた。
は何かを思うように目を閉じ、それからゆっくりと目を開いた。
そして意を決したように言葉を紡いでいった。
「チャンスか…。分かったよ、私も…国さんの言うチャンスとやらに賭けて見るとするよ。だから…此方こそヨロシクお願いします」
はそう言うと差し出された手塚の手をとった。
手塚は昔のように愛称で呼ぶの手を堅く握り返したのだった。
全てはココから
お互いに止まっていた時が動き出した
そう…ココからハジマルのだ |
その後、手塚がへ言った理由を何処からか耳にした竜崎が「素直じゃ無いね〜」と言いながら笑っていたらしい。
(さぁ〜て、のお手並みの程は如何なもんかね)
心の中で思う竜崎。
だが、顔は心なしか楽しそうでもあった。
周りの教師達はそんな竜崎の様子を不思議そうに眺めた。
何はともあれ…。
青春学園に一つ大きな変革が生まれたのは…新たに迎えた新入生を迎え終り…春明けぬ穏やかな日のことであった。
平行するように
離れていた点は…今マサに
線へと繋がったのである |
END
2004.3.15. From:Koumi Sunohara
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