時にはこんなバレンタイン   

2月は甘党の私の心をうきうきさせる。
有名洋菓子店がこぞって、ヴァレンタイン用のショコラに力を入れる。

見た目も味も…勿論価格も素晴らしいショコラ。
芸術作品と言っても差し障りは無いと私は勝手に思う。

何時の頃から女性から男性に送るヴァレンタインのチョコレート。
むしろ送るよりも自分で食べたい…贈られたいと思うのは、私が普通の乙女達と違うのだろうか?

(まぁ…乙女と言うには少々おこがましい年齢ではあるのだけど…)

それとも単に甘党の所為?
様々な事が思い浮かぶけれど、私は食べたいと…貰いたいと思ってしまうのである。

金持ちのお嬢ちゃんやお坊ちゃんの通うこの氷帝学園は、普通のヴァレンタインよりエンゲル係数が高いと思う。
有名な高級なお菓子屋のロゴが入った包装紙や紙袋が飛び交うのだ。
手作りと言ったところで、お抱えシェフ制作の物がもっぱらだろうし…有る意味オーダーメイドショコラである。

(あの一つとかでも、恵んでくれないかなぁ〜)

ぼんやりと生徒の持っている有名菓子店の紙袋を見て、ついつい思う。
明らかに色気の無い…寧ろ食い気全開である。
そんな自分に少し切なさを感じるのは否めない。

(けど食べると幸せになるんだよなぁ〜)

人に言わせると寂しい人生なのかもしれない。
20代を越えた女が、彼氏が欲しいとか思わずに…美味い物が食べれれば良いだななんて思う時点で所謂負け組という分類に間違いないかもしれない。

けれどもこれでも社会人。
お中元ならぬ、義理チョコレートを配るのも有る意味仕事の一環。

が…マンモス校であるお世話になった男性諸君に配るのも地味にお金がかかるのも事実。
いっそうの事、徳用チョコレートを一粒づつ机に置いていくのも有る意味新鮮な事なのかもしれないとか、現実逃避したくなる現実。

そう言いつつ大量に焼いたチョコのパウンドケーキを切り分けて、バラ撒いてるのが私の現状だったりする。
手間がかかるが量が取れる…そして、誠意か籠もったように感じるときたもんだ。

さんお疲れ様」

「ああ榊先生お疲れ様です」

本人の顔を確認した私は、慌てておきまりの言葉を口にする。

さんは何を真剣にみてたのかな?」

「ヴァレンタインのチョコを持って張り切ってる生徒達を眺めていたんです」

本音を隠して、私はそう榊先生に返す。

「まぁ…教師としては注意すべきなのだが…おっぴらには注意出来ないものですね。それに楽しそうだから良いのかもしれないなが」

「ふふ。そう言う榊先生も沢山貰ったんじゃ無いんですか?」

「ご想像にお任せするよ」

「はははは。きっとさぞ大量だったのでしょうね…それなのに私のあげた物なんて恥ずかしい限りです」

余裕な大人の微笑を浮かべる榊先生に、所在なさ気にそう言うと意外な言葉が返ってくる。

「そんな事は無い。甘さも控えていて美味しく頂いたよ…毎年大変だろうに有り難う」

意外にも労いの言葉を貰った私は、少し驚きを隠せずに居た。

「早速食べたのですね…そう言っていただけたらホッとしますが…」

「自信を持っても良いと思うが…。それよりさん…良かったら、食べるのに協力してくれないか?」

そう言いながら、おもむろに出された箱。綺麗にラッピングされ…高級感を漂わすフォルム。
見間違う事無く、高級チョコの箱が其処にあった。

目の前に出されたチョコが、食べたくて堪らなかった某有名メーカーのチョコレート、馬の鼻先に人参並である。
その所為だろう…きっとその所為だろう、私は大人げなくも即答で言葉を紡いだ。

「食べます。是非」

思わず遠慮をすること忘れて、言ってしまった言葉に私はかなりの焦りを覚えた。
内心冷や冷やしながら、榊先生を仰ぎ見ると、先生は珍しく柔らかい笑顔をと言うか楽しそうな笑顔を言葉を紡ぐ。

「素直で良いじゃないかな。私が誘ったのだから…喜んで貰えてこちらとして嬉しいことだ」

「いえいえ。大人として…どうかと思うのですが。食い気に負けてしまいました」

乾いた笑いを張り付けて、私がそう言う。
榊先生は、小さく笑った後に私の頭をポンポンと軽く撫でた。

「そんなに落ち込まないでくれ。本当に君は美味しそうに物を食べるから…見ていて気持ちが良いんだ」

(そんなに食い意地はって見えていたのか…これは恥ずかしい)

心の中でこっそり思うけれど、きっとコレは一生治らないのだろうと…不意に思う。
そんな私に畳みかける様に、榊先生は言葉を続ける。

「さぁ食べなさい」

低すぎない心地の良い音域の榊先生の声は、音楽教師なんだけあって魅惑的だった。
食い意地も勝る事ながら、その声に魔法をかけれれたように私は自然と包みを開けて口に高級チョコレートを放り込む。

口当たりの良い触感に、鼻に抜ける洋酒の香り。
甘過ぎず上品に口に広がるショコラは、値段だけ有ることを私の脳随に染み渡る。

「美味しい」

あまりの美味しさに、ボキャブラリーが貧困で…思わずその言葉しか口に出る事は無かった。
けれど頬はゆるみぱなし。
そんな私の締まりの無い顔を榊先生は、何が面白いのか楽しげに見ている。

「本当に君は美味しそうに食べるね。食べてみたくなるぐらいだ…作り手が見たならきっと喜ぶだろうな」

そう言う榊先生に私は、頂いたチョコを差し出してみるが…軽く首を横に振られ「良いからさんが食べなさい」と返される。
その有り難い申し出に、私は美味しくチョコレートを完食したのであった。

さんHappy Valentin」

そう小さく囁いた榊先生の言葉に私はその時気づく事は無かった。
今年のヴァレンタインのチョコは実は私以外は一つも貰っておらず…実は、私にくれたチョコを自ら買っていた事を知るのは…少し先の事である。


おわし

2008.4.28. From:Koumi Sunohara

web拍手にて2008.3.8〜掲載していたものです。。
今更ながら、バレンタインねたです。
テニプリ榊夢駄文。
赤也姉シリーズ夢駄文です。
相変わらず色気も有りませんが、日常な雰囲気を楽しめればと
思います。
ひとまず暇つぶしにでもなれば幸いです。
お付き合い有り難う御座いました。

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