〜不思議な魔法No6〜








その日コートは何だかピリピリとした空気が流れていた。
普段と変わらない風景に見えるけれど、何処か…そう何処かが違う…そんな微妙な空気。


勘の良い人間は、その微かに漂うに気配に…今日は注意して行動しようと肝に免じる。
無論とある人間によって非日常な生活を送る青学レギュラー陣も、この空気に何処か注意気味に動いていた。


だけど、この不穏な空気の中普段と変わらない人物が居る。
言わずとも予想がつくだろうが…不二周助その人である。


不二は、鼻歌でも歌ってしまいそうな勢いで菊丸と楽しげに談笑をしているの元にやって来た。
不二が出す多種多様の空気を敏感に感じ取るクラスメートの菊丸は、己も怖いであろうが…を庇うように立ち不二を見上げる。


「にゃ…にゃんだよ不二」


少しビクビクしながら菊丸は不二に声をかけた。
だが不二は感情の読みとれない…不敵な笑みを浮かべて菊丸に言葉を返す。


「ん?英二には用は無いよ。さんとちょっと大事な話」


ニッコリ微笑を浮かべ、有無も言わさぬ口調で菊丸に言う不二。
菊丸はその様子に少したじろぎ、に視線を投げかけた。
まるでソレは「俺一緒にいれ無いけど…大丈夫?」と言いたげに…。


は菊丸が思った事を読みとったのか、小さく溜息を吐いてゆっくりと言葉を紡ぐ。


「分かった。でも…その話は今しなくてはいけない話なの?」


「そうだね…。出来るなら、その方が良いと僕は思うだけど…どうかな?」


疑問を疑問とは似つかわ無い口調で返す不二に、は今度こそ思い溜息を吐き出した。


(私に拒否権は無いじゃない…それって…)


ウンザリする様子で、は菊丸に軽く断りを入れて…何を考えてるか分からない不二を促して少し離れた場所で話をすることにした。





場所を少し変えて、は視線で不二に言葉を促した。
促された不二は、別段変わりなく言葉をゆったりと紡ぎ出す。


「実はね僕が、さんの探してる人だったりするんだよ」


事も無げに問題発言を表情を変えず、サラリと言う不二。
その言葉には、変なモノを見るような目で不二を見た。




その時大石の眉が少しピクリと動いたが、何事も無いように手塚と会話を進めている。
手塚はそんな大石を気遣うように見やるが、大石はそれを軽くやり過ごす。
やり過ごされた手塚は、それ以上は何も言うことも出来ずに…親友をこっそり心配するしか無かった。


そんな大石の心情などお構いなしの不二は、大石に微妙に聞えるか聞えないかの位置でを捕まえて対峙中。
不意に不二に言われた、『自分がの探し人』発言に驚いた様な表情を浮かべた。


(不二君は…何を急に言い出してるんだろう)


困惑で一杯になる頭を冷静さを取り戻しは、不二に返すための言葉を紡ぐ。


「残念だけど…不二君じゃ無いよ」


迷いの無い凛とした声で、は不二にそう答えた。
反対に不二は不思議そうに、の方を見て口を開いた。


「どうして?そう言いきれるのかな?」


「しいてあげるなら…声かな…」


空を仰ぎ見ては独り言の様にポツリと言葉を呟いた。
耳に微かに聞こえる声を聞き取った不二は、綺麗な形の眉を少し上げてに返す。


「声?」


不思議そうに呟かれる声にもはさして気にした様子も無く、空を仰ぎ見たまま言葉を続ける。


「そう声。声がまったく違うの…だから不二君じゃ無いって言いきれるの。もし不二君だったら…すぐに気がついてるし…何かしら動いていたよきっと」


言い終わったは満足そうに…何処か寂しげな表情で不二を真っ直ぐ見た。
はじめにテニス部に来ておどおどしていたの姿は何処に無い程…その瞳は真っ直ぐなものだった。


そんな変化を見せるに、不二は内心思うところが多々有るようだが…冷静に言葉を紡ぎ出した。


「2年も前の記憶なんでしょ」


何処か彼女の乗せる幾多の感情を断ち切らせるように、無情な言葉を不二は口にした。
声だけしか分からないという曖昧すぎる言葉に、もっともなそんな科白。
だけどは怯むことも無く、冷静に不二に言葉を返した。


「そうだね2年も前の記憶かもしれない…だけど…。私の記憶は色あせる事無く残っているんだよ」


ハッキリと紡がれる真っ直ぐな言葉に、不二は不思議そうにを見た。


「だったら、探すことぐらい簡単に…とはいかなくても…大体の予想はついて居るんじゃないの?」


は不二の言葉を聞いて…「まったく…だから不二君は苦手だよ」と小さく文句を口にしながら肩を竦めて見せてから、彼女は言葉を選びながら不二返す為に言葉を紡ぎ出した。


「あの時の声の相手だけどね…正体分かったんだ。最近の事だけどねソレわ。だけど…私の前で極力声を出さないようにしてるから、分かるまで時間がかかってしまったけど…有ってると思うよ」


「じゃ…何で」


投げかけられた言葉には少し困った表情を浮かべた。


「そりゃーだって…不安でしょ。それに今更だって思われるのも何だから」


「そう言うもの?」


「そう言うものです」


「じゃー…せめて誰だとさんは予想してるの?」


「…何かその言い方不二君、相手知ってるみたいだね…いや…知ってるんだろうね」


苦笑を浮かべては、不二を見やる。不二は「まぁ…ね」と珍しく答えを返した。
は、ヤレヤレと言った表情を浮かべてから…不二の耳元で、小さな声で言葉を紡ぐ。
『大石君でしょ…』と…。
不二はのその唐突な言葉に、珍しく驚いたような表情で彼女を仰ぎ見た。


(気づいているんなら…大石の気持も気づいても良さそうなのに…)


浮かぶ思いを不二は心の中に押し留めて、彼は口を開く。


「ねぇさん一つ聞いて良いかな?」


「何?」


さんはその人のことどう思っているの?」


「難しいね。嫌いじゃないよ…寧ろ好意の感情。恋にも似てるかもしれない想い…でもね…。それは不確かすぎて、目の前で見極めなくては難しい…そうとしか言えないかな」


言葉を選び紡がれるの言葉に、不二は「そう」と短く返事をする。
そして…。


「じゃ…その人にさんは名乗り出たり…尋ねたりする気は無いの?」


流れ出るように紡ぐ不二の質問に、は小さく笑ってから口を動かす。


「不二君。質問は一つじゃ無かったっけ?」


意地悪ぽく笑ってが言うと、不二は「一本取られちゃったね」とにこやかに笑って返す。


「もしも…その人があの時の事を話題に出すことが有ったら…言えそうな気はするよ」


「他力本願だけど」と苦笑を浮かべては言った。
不二はの言葉に(そう言うこと)と一人納得しながら、気になって仕方がないであろう人物に…不意に声をかけた。


「だってさ、大石」


「え?」


流石のも不二のその言葉に困惑の色を強めて不二を見た。
そのの困惑の表情を見た不二は、少しだけ済まなそうな顔をした。


「騙すような真似してゴメンねさん」


本当に思っているのか、社交辞令的言葉なのか…表情を崩さない不二に唖然と為ると大石。
そんななかなか読みの鋭い彼女に、不二はただ何時もの笑みを浮かべるだけ。


(それに関して、言うつもりは始めから無いって事…ね)


心の中でそんな事を思いながら、つかみ所のない不二を見ては肩を竦める。
大石だけが、二人のやり取りについて行けずに未だ呆然としてる。


「大石そんなに、呆然としなくても良いじゃない。それとも、僕が気づいていた事がよっぽど驚いたのかな?」


呆然としすぎる大石に不二は、苦笑を浮かべてそう言葉を紡ぐ。
不二の言葉で、ハッとしたのか大石は少し震える声で言葉を紡いだ。


「何時から」

「それは何に対して聞いてるかな大石?」


不適に笑って言う不二に、大石はキッパリと「全部かな…」と口にした。
それに対して不二は、「全部か…全部は言えないけど…」と切り出し、大まかに説明の言葉を紡ぐ。


「やっぱり似たもの同士なんだね。だから惹かれ合うのかな?」


とやっぱり意味深な言葉を言い残すと、「後は当事者で話しすると良いよ」と笑って言うとレギュラー陣が固まっている場所へと足を進めた。
大石とは、狐に摘まれた表情で不二の後ろ姿を黙って送ったのだった。





不二が去った後、二人の間に妙な間を作った。
それは実に短い時間だったのが、大石とにとっては凄く長い時間に感じた。


(この時間が果たしてどのくらい続くのだろう?)


不意に居心地の悪い空気の中大石はこっそり溜息を吐く。
そんな時だった…。


が制服のポケットから、生徒手帳を出し…そこから小さく折られた少し古くなった紙を彼女は大石の目の前に出したのだ。


(え?…まさか…それって…)


出された紙を困惑気味に、大石はただジーッと見る。
その様子を目の端で確認しながら、は言葉を紡いだ。


「この紙に見覚えは有りませんか?」


短い言葉。
何処にでも有りそうな…紙を示して言う
だけど、その言葉の奥には…「貴方はあの時の人ですか?」と言う言葉隠しながら…。


の言葉に流石の大石も気が付いたのか、少し困ったような表情を浮かべて「覚えが有るよ」と短く言葉を紡ぐ。
そう言って言葉を切った後、大石はゆっくりと言葉を生み出していった。


「だって…俺が書いたものだから…。でも…こんな紙を君が持ってる何て思わなかった…」


大石の紡ぐ言葉に、は黙って彼の言葉を待った。
それが良かったのか、大石は独り言のように言葉を紡ぎ出す。


「気がついて欲しい気持ちと…気がついて欲しくない気持ちが有ったからさ。それに君の思い描いている、救い主の理想が…俺の出現で崩れてしまうのが…忍びない気持も有ったんだ」


大石の言った言葉には少し困った表情を浮かべ、結局は自分の巻いてしまった種が原因だったのだと…内心複雑な気持ちで溢れていた。

(知らない内に私のリラックス法が…一人歩きして広まっていた所為なんだ…それが無かったら…もっと早く…)


短い時間に頭に駆け巡る思いの渦。


(うんうん。でも…きっと同じね。その話が無くても…きっと…すれ違ってばかりだったかもしれないわ…だったら…やっぱり受け身では駄目ね…自分で動かないと)


「大石君」


意を決した様には大石の名を紡ぐ。
呼ばれた大石もの目を真っ直ぐ見返しながら、「何かな?」と短く尋ね返す。
大石から反応が返ってきた事には、少しホッとしつつ言葉を続ける。


「今度こそ避けないで…私とお話をしてくれませんか?此処から始める様に…」


言いながらは、大石に握手を求めるように手を差し出した。
差し出された手を大石は驚いた様に目を瞬たかせたが、少し照れた表情を浮かべての手をしっかりと握った。


「俺の方こそ…本当は誰よりも…自分自身で言いたかったんだ。寧ろ俺の方こそよろしくお願いしますさん」


は大石の言葉に柔らかく微笑んだ。
大石も又、の微笑みに照れくさそうで有るが…同じように柔らかな笑顔を彼女に返す。
まるで、それは…と大石が初めて出会った…あの日の続きの様に。






− 一方その頃 −

大石とから少し離れた位置に居るレギュラー陣は、こっそりと二人のやり取りを見ていた。
不二の出現でハラハラするところが有ったけれど、今流れる穏やかな空気に取りあえずレギュラー陣は微笑ましいモノを見るような目で彼等を見守っていた。


そんな折り、黙っていたメンバーの内の桃城が不意に越前に声をかけた。


「“大好きなお姉ちゃん”取られた気分はどうだよ越前。“姉が出来た気分ス”と言っていたもんな越前わよ」


ニヤリと笑って言う桃城。


ムッとした表情で、越前は桃城を見ながらお返しとばかりに言葉を紡いだ。


「そう言う桃先輩だって、“あんな彼女が居れば良いのになぁ〜”って言っていたじゃないですか」


ジロリと睨みを効かせる越前に桃城は、少し表情を引きつらせながら言葉を紡ぐ。


「まぁ良いじゃねぇ〜か。先輩と大石先輩が仲良くなったんだからよ」


無暗やたらに後輩である越前の背中を豪快に叩きながら、桃城は明るい口調でそう言った。
勿論背中を叩かれてる越前は、しかめっ面で「も〜痛いスよ桃先輩」と不機嫌そうに口にする。


そんなやや険悪そうな空気が立ち込めそうにそうになった時だった…。


「あははは。桃ちん、逆ギレ?プップクプー」


越前と桃城のやりを見ていた菊丸が茶化すように茶々を入れる。


「「なぁっ…」」


越前、桃城両者は思わず間の抜けた声を上げる。
それを実に面白いモノを見たと言いたげに菊丸はケラケラと笑っている。


「ちなみに、菊丸お前だって笑っているが…大石がと上手くいくと…おまえとの時間は確実に減り…文句を言う確率は80%前後といった所じゃないのか?」


「い…乾…そんな事まで予想してんの?」


「企業秘密だな」


キラリと眼鏡を光らせて乾が言う。
それに対して菊丸は思わず口ごもった。少なからず思い当たる節が有るのだろう。

菊丸と乾のやりとりを一同は笑いながら眺めていたが、珍しく越前はその輪の中に入っては居なかった。



そして…。


「でも良かったんですか?」


不二のすぐそばに寄った越前は、脈略もなくそんな言葉を不二に投げかけた。


「何だい越前?」


その越前の言葉に、不二は表情を変えることなく普段通りの口調で聞き返す。


「不二先輩…先輩の事気に入っていたみたいスから」


モゴモゴと越前にしては言いにくそうに、言葉を紡ぐ。
そんな珍しく気遣いをする後輩に、不二は何時もの表情の読めない笑みを浮かべて言葉を返した。


「さぁ僕は、あの二人が巧くいって良かったと思ってるんだけど…。そうは、見えないのかな?第一さんは気がついていたみたいだよ」


“僕の茶番にね”そう付け足して、不二は楽しそうに会話をしている大石との方を見て独り言のように呟いた。
越前もつられるように、達の方を眺め…。


(まぁあの二人が巧くいくなら何でも良いのかもな)


と思いつつ…他愛もない会話をして、遠くで大石とを見守って居た。






声から始まるった恋心…


少しの時を経て…



繋がる想いと始まる恋い






大石との恋は、まだ始まったばかり。




END





                      2004.7.13. From:Koumi Sunohara





★後書きという名の言い訳★
気長に待っていてくださった方々、及び長ったらしい話につき合って下さった方々…。
おまたせしました(なのかな?)やっと完結にこぎ着けました。
思えば2002年から書き始めて、今が2004年だから…約2年ですか…。
その割に、ページ数が有る訳では無いですね。
しかも最後の最後まで、脇のメンツが目立つという事態は改善されぬまま…。
終わりましたし…。
取りあえず大石が幸せになったので、良かった事とします。
本当にこんなお話におつき合い頂き有り難うございました。
また機会が有りましたら、おつき合い頂けると幸いです。




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