鶯の呼び声
うすい紅の花が舞い踊り…そよぐ風に鶯の鳴き声がやわらかに耳に入る。
春になると、なんだか浮足立つような気持ちになるのは、少しずつ芽吹く花や緑と…新年度の始まりの所為だろうか?始まりの4月。
暦では年の始まりは1月が始まりだけれど、日本の社会や行事の始まりは4月の為かもしれない。
入園、入学、進学、進級…入社に転勤。
新しい何かが動き出すそれが、4月1日。俗にエープリルフールとも言う。悪意の無い、ささやかな嘘が許される日らしい。
日本人にしてみると、単におっぴらに嘘を吐いても怒られ無い日と言うイメージが強いかもしれない。
海外に至っては4月1日中に嘘を訂正すると言うアフターケアも必要らしいのだが、その点はあまり詳しく日本に伝わっていなように思う。
大方…いや…私の周りなら…。
「やだな〜。だって言った日エープリルフールだったじゃないスカ」(某赤目モードになるワカメ後輩より)
だとか…。
「よー考えれば分かるじゃろ?言った日にち見れば一目瞭然じゃ」(毎日が嘘か本当か不明な、銀髪詐欺師より)
何て感じで終わらせるから、本当に性が悪いと言うのが私個人のエープリルフールの見解だったりする。
私の場合も、よく嘘に騙されるけれど、こう言う場合は、幼馴染み殿はこれみょうがしに迷惑を被る。
何せ、おっぴらに嘘OKの日と勘違いしている節が強い問題児の後輩と、確信犯な仲間達から確実に性の悪い嘘に踊らされているのだ。
笑えない嘘が多いので、尚の事。何時か、弦一郎の胃に穴…もしくは円形脱毛症になるかもしれないと地味に心配になる。
私に関しては、その辺りに配慮された笑える嘘に騙されるので、余計に弦一郎がかわいそうに思う。
まぁ、そんな訳で私は弦一郎にはエープリルフールを適応しない。
(私までやったら完全に拗ねてしまいそうだしね)
ちなみに弦一郎は曲がった事が嫌いだから嘘も無のだけどね。そういう意味では、フェアでは無いのでやらないというのもあるけれど。
何だろう、弦一郎にしてみればエープリルフールは憂鬱な一日で間違いないのである。
そんな、エープリルフールの近づく3月の終わり頃、私は特に意味も無く街中を散策していた。所謂一つのウインドーショッピングといったところである。
そこで、たまたまデパートのお菓子売り場に売っていた、若干目が飛び出ているけれど、憎めない風貌な魚型のスイーツは、ポワソンダブリエルと書いてあった。
リアルというよりは、かなりデホルメされた感じが強いソレはパイ生地なのかデニシュ生地なのか、食べていないので判断はつきかねるが、サクサクしてそうな生地にタップリのカスタードクリーム、上には今が旬の春の風物詩の苺が豪華に飾られていた。
魚と言う形を除けば、絶対に美味しいであろうスイーツだった。
(でも何故4月のお菓子が魚型なんだろ?苺は春だけどさ)
春らしい苺の紅いが、誘惑しているのは、私の脳内妄想では無いと想いたい。
まぁ、弦一郎辺りには…。
「にかかれば、何でも誘惑の対象だ」
何て、渋い表情に呆れを含ませた声音で言うに違いない。
あながち、それは大抵の場合間違い無いので言い返す言葉が見当たらないのだけど。
少しトリップ気味になりながらも、私は食い入るようにその魚型のお菓子を眺めていた所為か…不意に店員さんに声をかけられた。
「お客様何か気になった商品でもございましたか?」
「え?ああ。このお魚みたいなお菓子が…」
不意に声をかけられた定員さんに私は、驚きながらも先から気になっていた『ポワソンダブリル』を指さしながら呟いた。
私の言葉に、定員さんは心得たとばかりにやんわりとした笑顔を向けたきた。
「ポワソンダブリルですね。最近は少しづつ他の洋菓子屋さんでも置かれるみたいですが…珍しいですよね」
「はい。実は初めてみたんで凄く気になって」
「分かりますよ。何せ魚の形してますからね。これは、色々説はありますが、4月によく入れ食い状態に魚が釣れる…4月の魚は愚かと言う意味を込めて、ポワソンダブリルと言われてるそうですよ。因みに、ポアソンは『魚』、ダブリルは『4月』で『4月の魚』を意味するのでこのお菓子の名前はポワソンダブリルと呼ばれてるんです。この他にも魚型のチョコや色々あるみたいですけど、当店では魚の形にしたパイ生地に苺を乗せてるんですよ」
「成程…それで、魚の形だって事なんですね。為になります」
「国によって風土や習慣が違いますからね。この狭い日本もそうですしね。ちなみに、このお菓子は今月のしかも期間限定のものになりますので、気になるようでしたら期間内に買われる事をお勧めします」
ニッコリと微笑みながら店員さんは、そんな事を教えてくれた。
別段買う事を強制する訳でも無い店員さんに好感を感じながら、お店のパンフレットを持ち帰った。
そして、来る4月1日。
案の定というか、弦一郎は完全に標的にロックオンされ…性質の悪いウソに翻弄されていた。
今年は、そこに元気になった幸村が加わりグレードアップしたエープリルフールとなってしまったのである。弦一郎にはかなり迷惑な事なのだけど。
ちなみに私は、毎年のことながら大した被害も無く平和に過ごさせてもらったのだけどね。
そんな訳で、自宅に帰った弦一郎は草臥れているというか…やさぐれ気味で、精神疲労全開だった。
私は、先日デパ地下に行ったお店でしっかり予約しポワソンダブリルを購入して、そいつをテーブルの上に置き弦一郎と対峙していた。
「疲れた体に…やさぐれた体には甘いモノが良いんだよ」
「別にやさぐれてなどないぞ」
普段の毅然とした態度とは打って変わり、お疲れ気味の彼の人はのたまう。
(そう言う所がやさぐれていると言うか…何というか…。素直に認めないのが弦一郎って所だよね)
しみじみ、素直じゃない幼馴染みを思いつつ、返答の言葉を素っ気なく紡いだ。
「ふーん。そうなんだ、別にどちらでも良いけど(私はやさぐれていると思ってるしね)」
「で…。この菓子は一体何なのだ」
弦一郎は話を変えるように、テーブルの上に鎮座したケーキの箱に目を向けて話を反らした。
私は、今日色々あって可愛そうだと思ったので今日ばかりは弦一郎の気持ちを汲むことにした。
「ああ4月のエープリルフールのお菓子だよ。ポワソンダブリルて言うね」
「ほう。魚の形の洋菓子とは珍しい。和菓子では上生菓子あるが西洋にもあるのだな」
少し浮上した様子の弦一郎を見ながら、内心(ご機嫌治って良かったわ)と思いながら、私はこの前店員さんに聞いたこのお菓子の由来を話しながら弦一郎と美味しくポワソンダブリルを食べたのであった。
この年から、私と弦一郎とのエープリルフールには平和にポワソンダブリルを食べる習慣になったりしたのである。
おわし
2010.7.18.(WEB拍手掲載日2011.4.2〜) From:Koumi Sunohara