弟的こだわり




何時もと変わらない朝。
切原さん家の赤也君は、相変わらず朝が弱いのか、朝練にギリギリ間に合うか否かの時間に目が醒めた。
その為、御飯も詰め込む様に胃に流し入れ、作って貰ったお弁当を持って玄関へ。
バタバタと慌ただしい様子。
「赤也、定期切れてるでしょ、定期代置いて置くからちゃんと今日は買うのよ」と言う母親の声も聞き流し家を出た。
その聞き流した言葉に後から後悔する事になろうとは…赤也はこの時想像もしていなかったのだった。



本日の赤也は、朝練にも間に合い、授業も無事に過ぎ、部活も絶好調のまま終了した。何事も無く終わるかと、思った矢先、赤也は有る事に気がつく事となった。それは…。

(あっやべ…。財布に金全然入ってねぇ〜。これじゃー定期買えないじゃん)

部活も終わった事だし、ジュースでも買おうと財布を開けた赤也は漸く自分の置かれた立場に気がついた。
今更ながら、朝聞き流した母の言葉に今更ながらちゃんと聞いておけばと後悔するが、後悔した所で解決するわけもない。
だからと言って流石に定期代ともなると、他の友人にも借りるわけにもいかない赤也はどうしょうかと思案する。

だが考えるより行動タイプの赤也は家に電話をかける。
少しの間の後に、味気の無いコール音が赤也の耳に入ってくる。
コール音は途切れる事無く、響くばがり。
待てどくらせど電話には誰も出る気配は無い。

(ありゃりゃ…家に誰も居ないスカね)

首を捻り赤也はサッサと電話を切る。

(さて…どうしたもんかねぇ〜。ん…そう言えばこの時間なら姉さん家に帰る時間じゃないけ?)

携帯の時計に視線を落とした赤也はふとそんな事を思う。

(やっぱり帰る時間スね。まっ…駄目元って事で姉さんに頼んでみますかね)

良い事を思い付いき、鼻歌を歌いそうな勢いで赤也は馴れた手つきで目当ての、携帯のメモリーを呼び出す。
ツッツッと音の後にコール音。
今度は時間がかからず、電話が繋がった。

「もしもし〜俺スよ」

『俺なんて知り合い居ないけど』

「もー姉さんは厳しいすぎ。名前出るじゃないスカ。ちなみに、可愛い弟の赤也君ス」

『自分で言うなっての。で、用件何?』

「定期代家に忘れたから、届けて欲しいんス。ついでに車とかで迎えに来てくれると嬉しいなぁー何て」

赤也の言葉を聞いたは電話口で、短い溜息を吐く。

『ったく。何時もそうよね、赤也って…。毎度足代わりされたくないし…仕方が無いから迎えに行ってあげるよ。でも車、車検中だから代車で迎えに行くけど良いわね』

電話先の姉はかなり呆れた様子では有った。
が…赤也は気にした様子も無く「問題無しス。じゃ待ってるスよ」そう言い切ると赤也は用は終わったとばかりに電話を切った。



フーッと息を吐いて赤也は携帯をしまった。
その様子を見ていた三年レギュラー達は赤也のけして小さく無い話し声の内容が耳に入った面々は、ジロリと赤也の方を見た。
先輩方の物言いた気な視線に赤也は悪びれる様子も無く「姉貴に定期代持ってきてもらついでに、迎えに来てもらううんス」と得意気に言った。
勿論そんな他力本願な考え方が嫌いな真田さんは、かなり不機嫌な色を露に赤也を見ると…異議有りとばかりに声をあげだ。

「自分のミスを人にどうにかしてもらおうなど言語道断だ。たるんどる」

盛大に眉間に皺を寄せた真田が赤也にピシャリと言い切る。
赤也は軽く肩をすくめて、真田に言葉返す。

「そんな事言ったって、俺人間スから忘れる事も有りますよ真田副部長」

真田は赤也の言葉に何とも言えない表情で見返した。
言っている内容は正論なのだが、言っている人間が赤也と言う所で真田は思わず返す言葉を見出だせ無かった。
が…空かさず赤也に異を唱えた人物が居た。

「それは、ごくごく一般的な人に使われる言葉で有って、君にとって有効とは思えませんよ切原君」

紳士と名高い柳生が真田に変わってそう言った。
柳生の言葉に、真田を始めとする面々は納得気味に首を縦に振った。



「言われて嫌だったら、普段から注意すべきですよ切原君」

眼鏡をクィっと直しながら柳生がとどめとばかりに、そう赤也に言う。
自分でもお世辞にも誉められた生活を送って無い赤也は、二の句も繋げず口ごもる。
その所詮で集中攻撃を受ける赤也。

「第一、トレーニングの一貫だと思えば苦にならないと思うぞ」

「今日はそんな気分にならないス。そんな事したら定期買えなくなるス」

ブーブーとかなりききわけのない子供の様な言い分に柳は溜息と共に言葉を吐き出した。

「お前の姉君も苦労するだろうな」

「苦労だなんて、寧ろ可愛い弟を持って光栄だと思ってるス」

赤也は自信満々に言い切った。
自信満々に言う赤也に思っても見ない声がナイスタイミングでかかる。

「何が光栄ですって、この馬鹿也」

仁王立ちでは赤也背後でそう言った。

「え…姉ちゃん…えーっ」

突然の来訪に慌てる赤也。
慌てる弟に苦笑を浮かべるは“ヨッ迎えに来てあげたわよ”と言いながら赤也との距離を詰めた。
そして…。

「慌てるぐらいなら、言わない事ね。ったく、だから頭弱いって言われるのよアンタ」

赤也にデコピンをしながらは言う。
赤也はおでこをさすりながら、恨みがましそに言葉を紡ぐ。

「だれも頭弱いだなんて言ってないス。そんな事言うのは姉ちゃんぐらいスよ」

「そう?」

は悪びれる様子も無く、そう返す。
“言いたくても言えないだけじゃないの赤也”と言葉を付け足す
姉の厭味を聞かないフリをしてとある疑問をぶつけた。

「何時もの車見えないけど…。まさか、単車で来たんスカ?」

姉の後ろをチラリと見てから、赤也はに尋ねた。

「メット被って無いでしょ。それに、いくら私だって、スポーツマンの弟を単車で迎えに行く程無謀じゃ無いよ。自分の運転技術に凄い自信が有る訳じゃ無いからね」

片手をヒラヒラさせては言う。
姉の言葉に赤也は「そうスよね」短い言葉と共に納得頷いた。
弟が納得したのを確認したは再び言葉を紡ぎ出す。

「それより…“姉ちゃん”は好い加減止めなって言ってるでしょうに…“姉さん”っでしょ赤也」

呆れた表情で言うに「だって」とか赤也は言い訳じみた言葉を漏らす。
それを軽く受け流したは此処に居るのが自分達だけでは無い事に気がつく。

(あら?他にも人居たのね…んー赤也の先輩よね…挨拶しとくに越した事無いよね)

などとぼんやり思う
気がついたが思い出した様に真田達に向きペコリと頭をさげた。

「何時も家の愚弟がお世話になってます。姉のです、ヨロシク」

赤也を軽くど突きつつは姉らしい表情に切り替えて、真田達に向かって挨拶をする。
急に声をかけられた面々は反応に遅れたが、真田だけは冷静に対処した。

「ご丁寧に。副部長の真田弦一朗です」

折目正しく真田は副部長らしくに挨拶を返す。
今時の子には珍しい礼儀正しさが好感を得たのか…挨拶を皮切りに、姉と真田が和気あいあいと話をしはじめた。
蚊帳の外状態になった赤也は不満気に声をあげる。

「真田副部長と話してる場合じゃ無いス」

一大事発生だと言いた気に口を挟む。
話を中断されたは不機嫌を露に眉を寄せ、弟を見る。

「五月蠅いなぁ〜何?」

不機嫌な姉の様子に少し怯みつつ赤也は言葉を紡ぐ。

「く…車…。車が違うんスけど…」

車を指さして、かなり動揺しながら赤也はに尋ねた。
は事も無げに笑って返す。

「可愛いでしょ。今一押しの軽自動車なんだけど…デザインも機能も充実して良い感じなのよね」

車を指で示しては満足そうに説明した。
そんなの言葉に反応したのは、弟の赤也では無く…意外な人物だった。
それは先程から保護者談義に花を咲かせていた真田で…。

「軽の割にはゆとりも有って、窮屈感も無く実に機能的でさんに有っていますよ」

と車を交互に見比べた真田が、納得気味にそう言った。
普段とは考えられない程の口調であるが、赤也以外の他の面子も、同感だと頷いている。
は、自分もご推薦の車を褒められたのが嬉しいのか、ニコニコと笑顔で対応する。

「そうでしょ。いや〜真田君達はウチの馬鹿とは大違いで良い子だね。赤也、アンタもしっかり見習なよ」

弟の頭を軽く叩きながらが言うと、赤也はいじけた口調で言葉を紡いだ。

「俺は…赤い(希望)スポーツカーで乗りつけて…颯爽とサングラスを外しながら…何処かの外国の女優さんばりに…現れる…恰好良い、そんな姉ちゃんが好き何ス。何時までも恰好良い姉ちゃんでいて欲しいんス」

姉を真剣に見ながら、赤也は力説した。
赤也のそんな言葉には、言われて悪い気がしないのか、少し語尾を押さえて弟に言葉を紡ぐ。

「そんなコト言ったって、車検だって言ってたでしょ。我が侭言わないの」



それに対してウガーッと赤也は噛み付くかんばかりに、言葉を発しきたのである。

「代車って選べるんでしょ!だったら似たような車にすれば良かったんスよ!」

鼻息荒く言葉を紡ぐ赤也にも負けずに言葉を返す。

「折角何だから普段と違うのに乗りたいじゃない。こんな可愛車に何の文句が有るってーの!」

「有るス大有りスよ。姉ちゃんには似合わないス!そんなの乗っている姉ちゃん何て、俺の姉ちゃんじゃ無いス」

ゼーハーゼーハー息切れしながら、ノンブレスで言い切る赤也。言われた姉は、かなりの呆れ顔で見返してきた。

「はぁ?赤也こそ何言ってるのよ、アンタの姉じゃなかったら誰の姉だって言うのよ」

赤也の口を引っ張りながらは正論を口にする。赤也は言葉になりきらない、フガフガと奇妙な音を発しつつも文句らしき言葉を紡いでいるようだった。
その壮絶な切原姉弟のやりとりに、流石の王者立海レギュラー陣も呆然とするばかり。
ギャラリー何て気にしないこの姉弟は、まだまだ激しいバトルを展開している。赤也は摘まれた頬を何とか振り払い、痛さを堪えて赤也は摘まれていた頬をさする。摘まれた頬は痛々しく赤くなっている。

姉ちゃんが俺の姉に決まってるス。言葉の文ってヤツなのに酷いじゃないスか!」

「ほぉ〜。一丁前に文句を言うと…この私に?」

ギロリという擬音がしっくりきそうな勢いで鋭い視線で睨まれ赤也は柄に無くビビっていた。

(ううぅ。恐いス…でも負けないス)

それでも赤也は自分を奮い立たせて言葉を紡ぐ。

「何時までも恰好良い姉ちゃんでいて欲しいんス!軽何て乗ってる姉ちゃんは絶対認めないス!却下に決まってるでしょ!」

あまりの赤也の勝手極まりない発言にの眉間に皺が急激に深いものになる。
姉の微妙な変化に気がつかない赤也は駄々っ子の様にブチブチと文句を漏らす。
勿論そんな文句はの耳にしっかり入っているので、不機嫌度は増すばがり。しまいには、青筋まで薄っすら浮かんでくる。

流石のさんも我慢の限界が近いらしく…。

(我が弟ながら…マジでうぜぇ…)
グイッと赤也の腕を力一杯引っ張り「さーサクサク帰るわよ赤也」と言い、引きずる様にが赤也を連れて、車の有る方へ歩いて行く。
何やら赤也が文句を言っているようだが、は気にせず引きずって行ったのだった。
それはまるで台風や竜巻の様に嵐が起きた様に去って行った様だった。



嵐の様に去った、切原姉弟に立海テニス部三年Sは呆然とその場に立っていた。
あまりにも唐突な出来事だけに、普段騒がしい面子も実に静かなものだ。
その静寂を破ったのは、重い溜息の音。
溜息の音に誰と言うわけでは無く、振り返った。
そこには…。
大きな溜息一つ吐いて、ある意味立海一の常識人のジャッカルが言葉を紡ぐ為に口を開く。

「赤也ってさ。普段俺等にお姉さんの事話す時゛くそ姉貴゛とか゛鬼女゛とか…悪態を吐いてる割に、凄いお姉ちゃん子だよなぁ〜」

ジャッカルは先程の切原姉弟のやりとりを思い出しながら、しみじみとそんな言葉を口にした。
そんなしみじみとしたジャッカルに、ダブルスを組む機会が割と多い丸井が口を挟む。

「あれは、姉っ子を通り越して…重度のシスコンだろ?つーか、さんに彼氏何て出来たら…赤也大荒れだろーね」

肩を竦めて丸井は言葉をツラツラと紡ぐ。
ジャッカルは心底嫌そうな顔をして「巻き込まれるのは勘弁だな」と小さく呟く。
その言葉に…。

「まったくもって同感ですね」

「プリッ」

と…柳生と仁王が賛同(?)の言葉を紡ぐ。
柳も言葉こそ発しないが同意けんなのか、納得気味に頷いた。
そして真田は?と言うと…。

「成る程…お姉さんが鉄拳制裁で躾をしているから」

一人真田だけがズレた言葉を言った。
だが精神的大人の面々は、さりげなく真田の発言を聞かなかった事にした。
不自然にならない仕種で、真田から視線を外し赤也とが立ち去って行った方に目を向ける。
そして…俺様思考を持った弟を持ってしまったさんに、少しの同情を抱きつつ、彼等も家路への道に足を進めたのだった。



一方その頃、車へと向かった赤也とはと言うと…。

「ほら、早く乗りな赤也」

わざわざ助手席のドアを開けて、が赤也を早く乗るよう促していた。
促された赤也は何やら不服そうに頬を膨らませ、車と姉を見比べていた。

(つたって…何で代車がこんなヘボ車何スカ!見るからに弱そうだし…)

大変不服そうな赤也の姿に、は本日何度目かも解らない溜息を吐く。

(まったく何が不服なのかしらね。今乗ってるスポーツカーより可愛い車体なのに)

車と弟を見比べも一つ溜息。
そして我が儘坊主全開の弟に一言言ってやるべくは言葉を紡ぎ出す。

「別に歩いて帰って良いんだよ」

冷ややかな視線を送ってが言う。
赤也は途端にゲンナリとした表情をする。

「勘弁して欲しいス。今日は部活でクタクタなのに歩き何て絶対勘弁して欲しいス」

オーバーアクションを付けて赤也は姉に切実に訴える。
は相変わらずの冷めた目線で弟を眺めた。
姉が完璧に怒ってしまうのを避けたい赤也は、しぶしぶとの開けてくれたドアから車に乗り込んだ。

(座り心地も悪ぃ…。つーか違和感有りすぎだよなぁ〜。第一姉ちゃんには似合わないスよこんな車)

助手席に身を沈めて赤也は本日何度も思った事を心底そう思っていた。
そしてが新車を買う時には、ぜがひでもついて行こうと心に誓ったのであった。どうやら次回もさんの意思とは関係無く、車選びは進んでいきそうである。
そんな弟の野望など知らないさんは、弟を乗せて、車を家に向けて爽快走らせた。
姉と弟の攻防戦はまだまだ始まったばかりである。

End

2004.3.8. From:Koumi Sunohara



★後書きと言う名の言い訳★
赤也姉様ネタ第2弾でした。
今回は赤也のシスコンぶり+立海テニス部にお披露目も兼ねてのお話だったんですが…どうなんでしょう?
お話的に車を題材にしたお話でしたので…車乗らない方とかには…分かり難いのかな?でも専門用語使ってませんし…大丈夫だろうと思います。
どうでも良いことですが…ちなみに私はスポーツカーより、パジェロとかの格好良い系の車が好きですが…。
我が家の車は軽です…可愛いから別に良いんですけどね。
ココまで読んで下さいまして有り難う御座いました、機会がありましたら又おつき合い頂けると幸いです。


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