寒さが残る如月。
この月のイベントと言えば、バレンタインがあげられるだろう。
欧米ではバレンタインは男女関係なく、花や本、プレゼントの交換をする。
それが、どう捻じ曲げられたのか女性から男性にチョコレートを渡し、愛を告白する日という認識に移行されている。
そんな訳で、バレンタインデーは男としても女としても色々一喜一憂する日であるのだ。
貰える者は、すごい量を貰い。貰えない者は、一つも貰えない。
貰える、平均、貰えない。良い悪い普通のように、勝敗が明らかになるような、そんなバレンタインであるわけだ。
だからといって、義理ばかり大量に貰っても、受けて側としても悲しい。やはり、義理であっても好意を抱いている人から貰えることを望むのは人の性。例え幾つになってもその思いは変わらないのだろう。
冷たい風は吹くもののよく晴れた2月14日。
ある大学の構内でも、バレンタインデー特有の浮足立った雰囲気が辺りにちらついていた。冒頭でも述べた通り、バレンタインデーは男としても女としても色々一喜一憂する日である訳で、普段の雰囲気とは異なる空気が漂っているのはしかたがない事だった。
しかしながら、高校や中学といった狭い環境ではなく不特定多数の人間が多くいる大学では、これ見よがしにバレンタインデーを盛り上げるような要素は少なくなるのが常ではある。けれども、この大学では…本当に大学か?と思うほどに異常な盛り上がりをここ数年続いているのである。
たった一人の男子学生によって…。
その男子学生の名は坂本春海という学生である。容姿端麗であることは間違いない。
普通に見ても美形である彼は、美形であることを除けば普通の人間である。
ただ、彼…坂本春海には何か、不思議なオーラーが出ているのか、彼の周りには人が異常に集まるのだ。それも、下僕志願の男達というのが摩訶不思議な現象であるが。
その現象は大学から起きた訳であは無く、小学校、中学校、高校と彼の生きていく中では常に巻き起こる現象であった。
特に高校時代は、‟坂本様”と呼ばれ、一種の宗教団体かと思われる程のカリスマぶりと、下僕志願者に囲まれた生活を余儀なくされていた。更に、中高男子校であるわけなので、寄ってくるのが男性であり、下僕志願者であるのは仕方がないことなのかもしれない。
その異常な坂本教団に対しては、彼の家族にも指摘を受けている程。
彼の妹である夏流氏に言わせるところ…「下僕志願者ばかりで、友達が居ない」との厳しいお言葉があり、春海の弟である秋良に至っては、嫉妬の対象となり迷惑を被ることもしばしばあったほどである。
そんな家族ですら、迷惑を被る彼に近づく女性というのは無いに等しいというのが現状といえる。
本人の意思とは関係なく。
しかしながら、坂本春海もやはり健全な男性であり、彼女や女の友達が欲しいと言うのが本音であるし、好意を感じる女性が居るというのは当り前のことであろう。
坂本の想い人は、その女性の名はという坂本と同じ学年の容姿もごく普通のお嬢さんであった。
妹の夏流や弟の秋良と異なるが、人当たりの良い竹を割ったような性格をした女性である。
男女ともにご普通に仲がよく、ちょっぴり…否かなり異質な坂本と取り巻きに憶すことなく平然と話しかける、そんな人。
坂本春海にとって、は家族以外で自分を普通に見てくれる少ない人間であるわけで、そんな貴重な人間に好意を抱くのは不思議なことでは無い。
1年目の大学生活の折りに出会い、早2年の月日が経った現在、坂本は人並みの男子の様に、と仲良くなりたいと考えていた。取り巻きの居ない状況で、出かけたり…遊んだり。義理でも良いから、バレンタインのチョコレートを貰える間柄になりたいとそんな淡い期待を持っていたが、義理チョコや友チョコすら彼女から受け取ることがこの2年できていなかった。
気がつくであろうが、取り巻きの嫉妬の嵐が巻き荒れるのを目の当たりにした人間が、迂闊に坂本にチョコを渡すほどのチャレンジャーが居ないというのが正しい意見である。
それでもやっぱり、男としてこのイベントを楽しみたく思った坂本の目に、とあるCMが目に入った。
『今年は男性から女性への逆チョコを』
それを見た、坂本は思わず眼が釘付けになった。
(そもそも、バレンタインは男女共通のイベントだよな。俺がさんに逆にあげれば良いんじゃないか?)
薄々その原因を感じた坂本は、今年は少し違う意気込みでバレンタインに挑む心づもりで居た。
それが、後に様々な嵐を巻き起こす要因になろうと思わずに。
そんな訳で、時間は2月14日に戻る。
坂本は、若干ファンシーな紙袋を片手に、そして授業の道具をもう片方の手に持ち、講義のやる教室に足を向けた。若干挙動不審げに、辺りを見渡し、目的の人間を探す坂本の目に映る。
坂本は迷うことなく、その人物に向かい歩を進める。
そして一拍の呼吸をおいて、言葉を紡いだ。
「さん」
「うん?坂本君か…何?」
机に向かっていた顔をあげた女性こと、は坂本を確認するとそう言葉を発した。
「よ…よかったら、コレを貰ってくれないだろうか?」
少々言葉に詰まりながら、恐る恐る綺麗にラッピングされた四角い箱をに差し出した。
は、差し出された四角い箱を手に取りながら、少し首をかしげ言葉を紡いだ。
「チョコレート?って私が貰ってよいわけ?坂本君のじゃないの?」
不思議そうな顔をするに、坂本はあたふたしながら首を横に振った。
そんな坂本の様子に訝しそうな顔をしながらも、はそのチョコレートを受け取ることにした様であった。
「よくわからないけど、坂本君がくれるんなら、ありがたく貰うことにするよ。大人気の坂本様からのチョコレートだもんね」
おどけて見せながら、そう言葉を紡ぐ。
受け取ったを見て、達成感に満ちた表情の坂本。
そんな坂本を見ながらは、内心は(どうして?くれたんだろう?今はやりの友チョコ?でも坂本君嬉しいそうだから良しとするか)などと思うであった。
ホワイトデーに彼女からお返しが返ってくるか否かについては、もう少し先の話である。
おわし
2009.4.27. From:Koumi Sunohara