す ず 音






窓の外にはハラハラ舞う雪。
その雪が街灯の光を浴びてキラキラ光る。

(天然のイルミネーションみたいだわ。下手なイルミネーションより美しく見えるなぁ〜)

そんな事を思いながら、デスクの真後ろに広がる大きな窓をぼんやりと眺めながら私は思った。

(こんな風にのんびりと、夜の窓を眺めたのは何時ぶりだろう…最近忙しかったものね…年末進行で…)

肩の筋肉を自然とほぐしながら、忙しさを思い返し苦笑を浮かべる。
シーンと静まりかえる室内は、とても無機質さを醸し出していた。
あまりの静かな空間に、私はただ黙って窓の外の風景に目を向ける。
普段は隣の部屋から聞こえる部下達の談笑も今は聞こえない。
降り積もる雪が音を奪っている所為ではない。
ただ周りに私しか居ないだけなのだ。
別に今日が休みだとか、ヘマをして残されている訳では無い。
所謂一つのサービス残業というヤツをやっているだけである。

「クリスマスイブも後数時間で終わりよね」

誰に言ったわけでもない言葉は、静かな部屋に私の声だけが良く響いた。
そして…サービス残業する事になった経緯が不意に頭を掠めていった。



年末進行で忙しい仕事場は、戦場のように殺気に満ちている。
私のブースも例に漏れることなく、忙しさを極めていたけれど…皆優秀な連中なので、他のブースに比べればかなり余裕が有りって感じだった。
しかも…今日は…何より今日はクリスマスイブ。
部下達は、絶対今日は残業するか!とオーラーを出していたし…家族持ちや恋人持ちの部下のために今日は早く仕事は終らせようか…と思っていた私は部下達に所謂一つの、『鼻っ端らに人参』作戦を実施した。
それは見事に功をそうし…本日付の仕事は綺麗サッパリ終了と言う素晴らしい成果をもたらした。
普段より早めに仕事を終らせ、私は部下達に早めの終礼を終えた時だったと思う。


さん、今大丈夫か?」

不意にかけられた声は、現総帥で有るシンタローだった。
私はシンタローの表情があまり優れない所を見て(あちゃ〜何か不備でも有ったかなこりゃ〜)とぼんやりと思う。
だから言われる前に、先手を打つべく言葉を紡ぐ。

「ん?平気だけど…その様子じゃ〜何か不備でも見つかったって所かしら?」

「やっぱり さんにはお見通しか…。そっ…今日までに直し必要な書類が…急に出てきちまって…先まで無かったんだぜ…」

“まいったよ…本当に…”と溜息混じりに言うシンタローに私は苦笑を返した。

「仕方がないよ。シンタロー…じゃなかった…総帥の所為じゃないんだから、気にする事無いだでしょ?」

「でもよ〜今日、クリスマスイブで さん所…凄く頑張って仕事終らせていただろ?」

“予定有るんじゃねぇかと思ってさ”と小声で付け足したシンタローは申し訳なさそうに私にそう言ってきた。
そんな微妙な気遣いをするシンタローの額を小突く。

「お子ちゃまが生意気な事気にしてるんじゃ無いの」

冗談交じりに私はそう、シンタローに言った。
シンタローは額を抑えて、私を見る。
私は構わずシンタローに言葉を向ける。

「今日はクリスマスイブでしょ…グンマにキンタロー…ああ後…前総帥が待ってるじゃないの。午後から今日はオフになってるんだし…気にしないで楽しんできなさいよ」

「けどよ〜 さんが働いてるの…総帥の俺が…」

言淀むシンタローの言葉を遮る様に、私はサッサと言葉を紡ぎ出す。

「まだ言うかね君わ〜ぁ。あのね私らの様な職人はね、別な日に有給やら代休やらで…休みとれるのよ。でもね、総帥はそうは行かないでしょ?だ・か・ら・折角のフリーな時間無駄にしたら駄目なのよ」

チッチッチッと口を鳴らして言う私。
その様子をシンタローはポカーンとした表情で見ていたが、「 さんのご厚意に従うよう」ニッと笑ってシンタローは去っていった。
私はその様子をヤレヤレと見送り、不備の出た書類を掴みデスクに戻った。
その後、折角誘ってくれた後輩や同僚の誘いを断って仕事を凄い勢いでこなした。
我ながら、お人好しな事をしたと思いながら…後輩や同僚から誘いは有っても、別に恋人とか居る訳では無いから…これが正しい選択をしたのだろうと納得させて。
…そして今に至る訳だ。
仕事を何とか切り上げた私はガンマ団本部内に有る、自室に向かった。

(それにしても、今日の残業の仕事って…別に今日やらなくても問題無いものばかりだった気がするのは…気のせいかしら?それとも、一人で仕事を黙々とやっていた所為で頭がマヒしたのかしらね?)

今日の仕事を振り返り、私はそんなことを考えていた。

獅子舞ヘアーが玄関先から顔を出してきた。

(な…何で、ハーレムが私の部屋に居るのよ〜?)

獅子舞…ならぬハーレムの顔を見て私は唖然とした表情でヤツを見ることになってしまった。
唖然とした私の間抜け面など気にとめる気配のないハーレムは、銜えていた煙草を手に持ち替えて…軽く片手をあげた。

「よっ! 寂しいクリスマスイブ過ごしてんな」

帰ってきた部屋の主に対する、そんなハーレムの言葉に私はちょっと不機嫌そうな表情で言葉を紡いだ。

「禁煙だって言ってるでしょ、呆けたの?ハーレム」

嫌味全開ににそう言うが、ハーレムは気にする素振りは見せない。
寧ろ不敵さが増すと言うのだろうか…。
そんな表情を浮かべていた。

「良いじゃねぇ〜か、気にすんなって」

ハーレムはフーッと煙を吐き出しながら、サラリとそう言ってくる。
私もハーレムとは長い付き合いだから、
諦めたように肩を竦める。

「で…。クリスマスのイブに何の用が有るって〜の?」

玄関先に居るのも何なので、部屋の中にハーレムを押しやりながら私はそうハーレムに尋ねた。
すると、ハーレムはその言葉を待っていた様に…ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「一人寂しくクリスマスを過ごす を俺が直々に祝ってやろうかと思ってな」

本当か嘘かイマイチ区別の付かない口調で、ハーレムは言う。
私は、「そりゃどうーも」と軽く返しながら、ふと思い巡らせる。

(ハーレムが特選部隊にいた頃は、クリスマス時期は飲み明かしていたっけか…ハーレムと…習慣かしら…それとも…月末でお金無くて飲みに行けないから…集る気なのかしら?)

などと浮かんでは消える、ハーレムへの疑念。
私は取りあえず、最後に思いついた“集りに来た”を尊重してハーレムに尋ねる事にした。

「今帰って来たばかり何だから、食べ物及び酒何てたかが知れてるけど…飲んでくの?」

するとハーレムは鼻先で笑い飛ばすと、意外な言葉を口にした。

「ハン。今日は俺が祝うって言ってんだろ。食い物と酒は用意して有るぜ」

やけに自信満々な言葉がハーレムから返ってくる。
私は思わず目を丸くして、ハーレムを見てしまった。
お金にシビアなハーレムが…しかも月末に…酒と食べ物を用意…これを信じろという方が…無理な話だと思う。
だから私が、マジでそんな目でハーレムを見てしまった事を誰が責めるれるだろうか?
そんな疑念全開の私に、現実はハーレム有利に事が動いていた。

テーブルの上にはお酒とオードブル。

(本当に用意してたんだ…)

私は思わずそう思ってしまった。
でハーレムを見れば、ヤツは勝ち誇った顔で私を見ていた。
ちょっとハーレムを疑っていた自分に、済まなかったなぁ〜と少々思いながら、私はテーブルをしげしげと眺めた。

(おお…オードブルも本格的〜…シャンパンも…)

「あら?これって」

「『すず音』つー日本酒だ。 は知ってるだろうがな」

「まぁ〜ね…ミヤギの土産以来嵌って取り寄せするぐらいだもの…でも珍しいわね。ハーレムが日本酒何て…普段飲まないでしょ?」

「まぁ…あんまり飲まないけどな…シャンパンの変りに成るだろう?発砲日本酒だしな…第一クリスマスらしいだろ?」

「トナカイの鈴の音と掛た訳?益々らしくないわねハーレム」

「クリスマスぐらい、良いじゃねぇ〜か。まっ…何時だって俺はオットコ前だけどな」

「ハイハイ言ってなさい…。持続性の無い隊長様」

嫌味満載でそう私はハーレムに切り返す。
やや額に青筋浮かべて、ハーレムも嫌味返しをすべく口を開く。

「そんな可愛気無い事ばかり言ってると、お局様になるぜ

「上等。リストラ対象に成るよりマシだわ」

「口の減らねぇ〜な 。まっそれは、お互い様だけどな」

ハーレムは呆れながら、私にそう言った。
私も取りあえずそこで、言葉の応酬を止める。
そして「何に乾杯?」と尋ねてみれば「“君の瞳に乾杯”とか言ってやろうか ?」と茶目っ気溢れる言葉が返ってくる。
私はウゲッとした表情を浮かべて「サブイボ出来るから勘弁」と腕をさすってそう言うと「旨い酒とクリスマスにに乾杯で良いじゃね〜か」と…。
その言葉に私とハーレムは顔を見合わせてニット笑う。
そして…。

「「乾杯」」

カチンとグラス同士が鳴り、私とハーレムはグラスに入った酒を煽る。
シャンパンの代りの発砲日本酒。ささやかながら用意された…チキンやオードブル。
それらを囲んで、私とハーレムは毎年過ごすような雰囲気で取り留めない話を交えながら…お酒と食べ物を胃に収めていった。



お酒も何本か空になり、食べ物も底をついた頃。

ブーッ、ブーッ。
軽い振動ど着信音を同時に発生させながら、携帯電話が電話が来てると主張している。
デスプレーには、総帥の秘書の片割れ『チョコレートロマンス』の名前。

(仕事の追加とかかしら…折角ほろ酔い気分なのに…一気に酔いが覚めそう…)

私はヤレヤレと思いながら、テーブルに手を伸ばし私は携帯電話の通話ボタンをカチリと押した。
耳に携帯電話を押し当てて「もしもし」と事務的に言葉を紡ぐ私。

室長、夜分遅くにスイマセン。ガンマ団総帥秘書のテイラミスですが…』

とてつもなく申し訳なさそうな、声音で…出るはずの人間じゃ無い人間が電話先で言葉を紡いできた。
私は一瞬(あら?見間違いかしら?)と思いながらも、電話先のテイラミスに疑問の言葉を取りあえずぶつけてみることにした…。

「あら?ティラミスじゃない。どうしたの?着歴はチョコレートロマンスになっていたけれど?」

『私の携帯の充電が切れてしまったので…』

“面目ないです”と益々申し訳ない声で、テイラミスは私に返してくる。
私は(嗚呼成程ね〜だからテイラミスが出た訳なのね)と思いながらも、言葉を返す。

「それは災難ね(どちらも)」

『今日、室長が為さった仕事何ですが…』

テイラミスの言葉を遮るように、私は言葉を素早く紡ぎ出す。

「実は今日しなくて良い仕事…だったって事でしょ」

そう言うとテイラミスの声が、一瞬電話口で途切れる。
きっとそんな事を私から言われるとは思わなかったのだろう…。

『気が付かれたんですか?』

「まぁ〜ね…でも受けてしまったもの…仕方が無いわ。御陰で、他の部署が忙しい中私の所は楽々させてもらえるわ」

クスクスと笑いながら、私はテイラミスにそう返す。

『そう言って頂ければ…少しは我々も気が楽ですが…。本当に変なんですよね…急にそんな不備の書類が総帥の部屋から出てくるなんて…何でだろう…』

「な〜る程ね〜」

『犯人に心当たりが有るんですか?』

驚いたようなテイラミスの声に、私は電話口で思わず口元が緩む。
まぁ〜電話先のテイラミスが気が付くとはまず無いのだけど…。
そして、視線は目の前でグースカ寝てる突然の来訪者を眺めながら…。

「仮説だし…。私の心に留めておくわ。クリスマスぐらい寛大にって感じで。そうだわイブはもうすぐ終ってしまうけど…メリークリスマス…テイラミス。其処に居る他のメンツにも私が言っていたって伝えてくれる?」

『あ…ハイ…』

「じゃ〜ご苦労様」

プチと携帯の通話ボタンを切ってテーブルの上に置く私。
そして自然と目線は、先程まで見ていた男に向ける。

(そんなに手の込んだ事をするぐらいなら、真面目に仕事すれば良いのに…)

私はソファーで酒瓶抱え眠りこけるハーレムを見て心底思った。
どんな意図で、ハーレムがそんな悪戯をしたのか分からないが…一つだけ心当たりが浮かぶ。
それは、彼の甥っ子達。

(大方、シンタローやキンタローそれにグンマに気を使って…何て聞いたら…違うって言うんでしょうね…。真相はハーレムのみ知るって所だろうけど…。だからって私を巻き込むかね…まったく…)

私はハーレムを眺めて、コッソリそんな事を思う。
窓を覗けば、まだゆったりと雪がハラハラ舞い落ちていた。

(静かに降る雪はきっと、朝になったら積もってるのだろう…)

「ホワイトクリスマスならぬ…雪見酒よね」

苦笑を浮かべながらしみじみとした気分で呟いた。

(取りあえずハーレムが起きたら、沢山嫌味を言って…それから…クリスマス料理でも作ってお返しでもしてやろうか…甥っ子のために素直じゃないこの男に…)

「まずは明日朝一で、代休の申請が第一でしょうけど」

私はそう呟くと、部屋の灯りをそっと落とした。


が寝静まった頃−

酒瓶抱えて寝ていたハーレムが、よっと体を起こして辺りを見わたした。
実はハーレムは、半分覚醒していたのであった…。そこはまぁ〜腐っても特選部隊隊長だったた男って訳で。
ハーレムは薄暗い室内を器用に歩き回り、少し離れた所に置いてある大きめのソファーに毛布にくるまる の姿を見つけた。

(ベットで寝れば良いのによ〜変な所気を使ってやがるな相変わらず…)

ソファーで寝てる の姿を認めて、苦笑を漏らす。
そして、先程まで とテイラミスの会話で の思ったであろう事を思い浮かべて益々苦笑の色を濃くさせた。

「きっと は、甥っ子共に気を使って…工作作業したと思ってるんだろうな」

独り言のようにハーレムはボソリと言葉を漏らす。

(それも少しは有ったが…何時も通りに過ごしたかったからやった何て想像もつかないだろうな彼奴わ。ヤレヤレ…特選部隊の隊長だった俺も焼きが回ったもんだな…)

ハーレムは心の中でそんな思いを抱く。
有力な室長様のは、煙たがれる事もなく部下からも…同期からも人望が厚い。
クリスマス何て言うイベントなら、同期や後輩が を誘って飲みに行くことは大いに予想された…。
特選部隊の隊長の頃は、職権を乱用してでも と飲みに行ったり…のんびり過ごしたりしたものだ。
だが…今は違う。
現総帥…甥っ子で有るシンタローは彼女の事を大いに頼っている。
何時も通りの日が過ごせないかもしれない…その事に気が付いたハーレムは動くことにした…。
書類に少しの細工をして、だけに仕事をさせる。
上手い具合に の予定を確保した。


「まぁ良いか。明日一日は独占できるんだからな」

ハーレムは不敵に笑いながらも、毛布にくるまって寝ている に宣戦布告するかのように呟いた。

が事の真相に気が付くのは…もう少し先の話しになる。




END

2003.12.22. From:Koumi Sunohara (C)A PALE MOON <3rd anniversary plan>





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