色々な意味のデビュー戦(5)
暗雲立ち込める誠凛ベンチで、降旗が相田に心配そうに声をかける。
「カントク…なにか手はないんですか?」
尋ねられた相田は難しい表情で言葉を紡ぐ。
「…前半のハイスペースで策とか仕掛けるような体力残ってないのよ。…せめて黒子君がいていくれたら…」
最初は唸る様に…後半は呟くように心の中の希望を口にする。その言葉は誰に聞かせる訳ではなかったが、それに答えるように反応が有った。
「…わかりました」
静かな何を思っているのか感情の読めない声音で相田に答えが返ってきた。
「え?」
驚き振り返る相田の目に映ったのは、ダウンしている黒子が其処に居た。
「おはようございます…じゃ、行ってきます」
「いやいやいや、何言ってんのダメ!ケガ人でしょ!てか、フラついてるじゃない」
慌てて黒子を押しとどめようとするが、当の黒子は不思議そうな顔をする。
「今行けってカントクが…」
「言ってない!たらればがもれただけ」
「…じゃ出ます」
相田の言葉を聞いていたのかいないのか、黒子はそう言葉を紡ぐ。
「「オイ!」」
思わず残っている面々がツッコミを入れるが、黒子はどこ吹く風だった。
「ボクが出て戦況を変えられるなら…お願いします…それに…約束しました火神君の影になると」
一歩も引かないその言葉と意思に誠凛メンバーは息をのむ。
相田も少し悩み間を開けた後に徐に口を開いた。
「…わかったわ…!ただし、ちょっとでも危ないと思ったらスグ交代します!」
そうして、誠凛は負傷中の黒子をコートに送り出す事に決めたのだ。
(時々この文学少年を思わせる黒子君の男前ぶりに驚かされるんだよね)
ムクリと起きて相田に自身を起用してほしいと伝える黒子を見ては心底そう感じる。
(勝負に貪欲…でも勝ち負けにあまり拘らない…ん〜。気質か…はたまた黒子君の過ごしてきた環境によるものなのか?ただ言えるのは…格闘家みたいな精神力って事かな?戦えるか?と聞かれて戦えないと言う格闘家はいないものね…うん。そんな感じだ)
若干よろめきながらコートに入る黒子を眺める。
(と言うか…あまり付き合いは長くは無いけど…基本誠凛のバスケ部面々は基本我慢タイプが多い気がする…何時か胃に穴があかないと良いけど)
保護者の気分で誠凛メンバーを眺めた後に、は相田に新線を向ける。
現状を打破するためとはいえ、怪我人の黒子を出した事に対して相田自身の顔色もあまりよくない。
(同学年で監督っていうののもかなりの重責だよね…)
普段の明るく若干鬼畜な相田の様子とは思えない雰囲気には小さく溜息を吐く。
「リコさん」
「…」
「リーコさん」
「え?あっ、ゴメンさん何?」
の呼びかけに慌てた様に相田は反応する。
「黒子君の出した事気にしてる?」
「えっ…まぁ…そうね」
「部外者が口出しする問題じゃないけどさ…あまり気負わなくて良いと思うよ」
相田の言葉にはそう口にした。
「でもね…私一応監督だし」
「一応じゃなくて監督だよ立派なね。何時も選手を第一に考えてる(若干メニューが鬼畜だけど)」
「さん」
「怪我人を出すっていうのは…まぁ色々な意味でシンドイけど。それしか戦局が変えられないなら…出すことも吝かじゃないでしょ。それに、黒子君は駄目って言っても結局出ると思うよ」
「そうかしら?」
「うん。見た目と反して男前だしね性格…そして結構頑固だしね」
相田も先程のやり取りを思い出したのか、肩を竦めてみせた。
「まぁアレだよ…コートには伊月君や主将の日向君達が居るから黒子君が危なくなったらどうにかするし…黒子君はあのチート黄瀬君と同じ所でプレーしてたんだから駆け引きは多分黄瀬君より上だし…今回については大丈夫だと思うよ」
相田の肩をそう言いながらポンポンと叩く。
「さん…」
「リコさんが一番分かってると思うけど、今は皆を信じようじゃない」
ニッと笑ってそう口にすれば、相田は表情を緩めて頷いた。
(黒子君もだけど…さんもかなり男前だよね…本気でバスケ部に欲しいな〜)
心の中でそう思いながら相田は、顔を引き締めて試合を眺めた。
戦局を変える。その言葉通りに、黒子投入後の誠凛は動きが格段に良くなった。
けれど、分が悪いのは誠凛。全員がガス欠、ギリギリのラインで戦っている現状である。黒子がとか、火神がとかそういう問題ではなく誠凛自体が延長戦を戦い抜く気力も体力も無いに等しかった。
は時計を見て、そしてコートに視線を戻した。
(この1球を制したものが試合を制する…ってところかな)
時間ぎりぎりで火神に渡ったボールを見てはそう感じる。
ダンクの為に高く跳躍した火神は一向に落ちる気配が無い、防ごうとした黄瀬は火神より後に飛んだ筈が、先に落ち…結果としては試合終了の合図と共に火神がダンクを決め誠凛に勝利をもたらした。
(これが公式戦ならジャイアントキリングって所かな…かなりギリギリだから…今回は窮鼠猫を噛むって心境だろうね向こうの監督さん)
誠凛の勝利の瞬間にはそう感じずにはいられなかった。
貴族と平民並みに馬鹿にしていた相手に、練習試合といえども負けた海常にとってみれば不本意な結果に違いなかった。
(まぁ…次はきっと厳しい戦いになるだろうね…油断もしないだろうし…完全に本気モードで来るから…運を本物に出来るかが今後の誠凛次第かな?)
喜ぶ誠凛メンバーを見ながらはそっとそう思ったのである。
「そう言えばレモンの砂糖漬け出すタイミング逃した」
試合が終わった直後にそうが言えば、小金井が笑って気にするなと口にする。1年生Sも気にしていない旨を口にした。
「仕方が無いよ。始めから色々あったんだ…の所為じゃ無いって。それに今食べちゃえばいいしね」
を慰める面々の後に伊月はそうに告げた。
「伊月君や皆がそう言ってくれるんなら良いんだけど」
少し難しい顔のままは、何とか納得しようとそう言った。
そんなに、怪我人である黒子が声をかける。
「試合の終わった後の癒しは大事です。先輩の作ってくれたレモンの砂糖漬け僕は好きですよ。それに、食べきる事にかけては火神君の右に出る人は居ません」
若干のドヤ顔でそう口にする黒子には、まぁ良いかと思う事にした。
(試合に勝った…差し入れを求めてる皆がそれで良いって言うなら良いかな?)
そう思う事にしたのである。
だからと言って他校に長いする訳にも行かない為、はレモンの砂糖漬けを伊月に託し皆が着替えるであろう事を思い更衣室を後にする。
(そう言えば…黄瀬君が黒子君の普通の友達だと思っていたから、誠凛の皆と同じ感覚で差し入れ作ってきてしまったけど…どうするかな?)
は先程盛大にツッコミを入れた黄瀬の事を思い出して、頭を悩ます。
(ツッコミを入れる前なら普通にあげても良いかな?とか思ったんだけど…流石になぁ〜。そもそも他校へ手作りの差し入れは無いか?)
手に持ったタッパを見ながらは思う。
(レモンはビタミン豊富だし…よし自分で食べよう)
そう結論づけるとは、タッパを自分のカバンに仕舞おうとした時だった。
「レモンの蜂蜜漬け余ったのか?」
「うぇ…えっと…笠松先輩?」
「悪い…驚かせたか?」
「いえ…少し考え事をしてたんでスイマセン」
「いや…俺が急に声をかけたからな。気にするな…。で…ソレ余ったのか?」
「余ったと言いますか…えっとですね…ウチの後輩の黒子君の友達だって言っていたし…何か微妙な関係になってる言っていたから、話のネタになればって思って用意してたんですけどね…」
乾いた笑いを浮かべながらはそう口にし、一拍置いて言葉を紡いだ。
「先の件もあるし、冷静に考えて他校からの手作りの差し入れ無いと思ったので止めたんです。レモンはビタミン豊富なので、自分のお腹に収めます」
顔の前で手をパタパタさせながらはそう続けた。
「嗚呼…んーそう言う事か。まぁ正論だな…」
の言葉に笠松はそう言ってから、言葉を続けた。
「けど…黄瀬への件は別にアンタが気に病む必要はねぇ。黄瀬の態度は目にあまるもんがあったし良い薬だ。(が…素直に黄瀬が受け取るとは思えないけどな)で…他校からの差し入れ云々についてだが…黄瀬への…ウチの後輩への態度とか短い時間だけどアンタの人となりを見た上で言わせてもらうが、差し入れに一服盛るようには見えないと思うが…違うか?」
「まぁ盛りませんけど」
「(一服盛るような奴なら、ハリセンでのツッコミなんてしやしねぇ)んな事は分かってる。何だ…え…そのな」
「はい?」
「余っているなら貰えねぇか?ソレ」
「コレ…ですか?深くは理由は聞きませんが…貰っていただけるなら。ああ…お口に合うかどうか分かりませんが…どうぞ」
は仕舞いかけたタッパを笠松に渡す。
「悪いな…けどこの器どうする?」
「気にしないでください。100円均一のものなんで、そちらで処分してもらって結構です」
「そういう訳にもいかねぇだろうが」
(この人凄く真面目だ…)
内心そんな事を思いながら、は言葉を紡ぐ。
「お任せしますよ先輩」
「そうか…黄瀬に返却させるか」
そう口にした笠松の言葉には、微笑ましそうに笠松を見た。
(やっぱり黄瀬君に甘い…黒子君と向き合わせる切っ掛けって所かな?でも中々策士かも…まぁそうじゃなきゃ主将は務まらないか…)
「お任せしますって言いましたしね。まぁ…ウチの可愛い後輩の黒子君を引く抜こうとしないんであれば、何時でもどうぞ」
ニッと笑ってそう言えば、笠松は少し目を数回瞬かせてから言葉を紡ぐ。
「ははは言うなお前。気にいったぜ。正直俺は女子が苦手なんだが…お前さん良い意味で性別を感じさせない雰囲気があるのかもな」
「えっとまぁ褒め言葉として受け取っておいた方が良いですかね?」
「ああ。そう言えばちゃんと自己紹介して無かったな。俺は海常高校3年バスケ部主将をやってる笠松幸男だ。改めてよろしく」
「えっと…ご丁寧にどうも。誠凛高校2年バスケ部員ではありませんが…そこそこ関わっている…しがない図書委員のと申します」
営業のサラリーマンの様にそうお互いの自己紹介をしながらと笠松は握手を交わした。
そして、他愛のない話をし…そろそろ誠凛めんばーが着替えて出てくるであろう頃合いにが不意に言葉を紡いだ。
「変わる気がしますよ…多分きっと良い意味で」
そう意味深げな言葉を笠松に言うと、は「誠凛メンバーがそろそろ来ると思うので…」と口にして笠松にレモンの蜂蜜漬けを託し足早にその場を後にした。
が去った後に、笠松が他校の女子と話していたという有る意味怪奇現象真っ青な出来事に海常バスケ部が騒然としたのは知る由も無い。
笠松と別れた後、は無事に誠凛メンバーと合流した。
着替えた伊月がの元に足早に訪れ、今日の試合について言葉を紡いだ。
「折角に見に来てもらったけど…1年生Sにお株を持っていかれちゃったかな?」
「いや…黒子君と火神君は確かに凄かったけど…それは、伊月君や2年生…全員の力があってこそだよ」
「は優しいね…」
「優しか無いよ…ただ、バスケはチームプレーだからね…一人が凄ければ良いってもんじゃ無いって思う。例え負けていたとしても、私は誠凛のバスケの方が好きだよ伊月君」
「やっぱりは良いね…これからもこうやっていれたら良いよね」
ボソリと呟いた伊月の言葉には「何?」と聞き返すが、伊月は笑って答えなかった。
「それより、笠松さんと何話してたの?」
「ああ。黄瀬君にあげる予定のレモンの蜂蜜漬けを自分で食べようと思っていたら、よければ頂戴って話だよ」
「そうなんだ…てっきり、笠松さんから好意を寄せられたのかな?って思った」
「ははは。まさか…あの大立ち回りでソレは無いよ」
「そう?は結構人間ホイホイだからねぇ」
そう意味深げに伊月は言った。
「もう…そんな人をゴキブリホイホイみたいに言わないでよ」
「そう言う訳じゃ無いんだけどね。(流石に笠松さんが恋敵になったら辛いって事なんだけど…きっとは分かってないんだろうな〜)兎も角…笠松さんは凄いPGだし…俺もあんな風になれたら良いんだけどなぁ」
「伊月君は伊月君の良さを生かしたPGになれば良いと私は思うよ」
「え?」
「どんなに足掻いても、自分は自分でしか無いしね…どんなに憧れても他人になり変わる事は出来ない。海常主将の笠松さんは凄いPGかもしれないけど…それは、きっと笠松さんが今までの色々な経験によってできたスタイルだしさ…伊月君は伊月君独自のスタイルがきっとあると私は思う」
「そうかな?」
「うん。極端な話だけど…例えばダジャレを言って相手を翻弄させるとか…はははまぁコレは無いけどさ…」
「成程…ダジャレを使ったPGか」
の例え話に瞳を輝かせる伊月には慌てて言葉を紡いだ。
「冗談だよ…伊月君。ダジャレなPGは本気にしちゃ駄目だからね…って聞いてる?」
の言葉を見事にスルーした伊月はスキップを踏みながら、誠凛メンバーの元へ爽快に去っていった。
(え…嘘…本気にして無いよね…。本気にしてたら、どうしよう?)
一抹の不安を抱きながら、は誠凛のメンバーと分かれてマジバのバイトへ向かったのである。
後日、笠松に渡したレモンの蜂蜜漬けのタッパの返却にほんの少しの波乱がある事になるとはこの時はは想像していなかったのである。
おわし
2013.1.15.From:KoumiSunohara