続冷奴は料理か否か?
晴れ渡る空に、何時も通りの事業の進む様…場所は心労ご乱心事件より時間はほんの数日過ぎたある日の誠凛高校。
バスケ部所属伊月俊という見た目は好青年だがダジャレをこよなく愛する同級生と、友人以上恋人未満なのかも不明な微妙な関係のは、最近悩みが尽きないで居た。
その要因の一つは、先の‟心労ご乱心事件”という本人には酷く不名誉な事柄が関係している。
通常、その人の人となりは…よくいるクラスに居る平凡女子と言うのがしっくりくるような女子生徒であり、頭脳明晰であるとか運動神経が発達しているとかそういうチートな人物では無い。人として大なり小なりある、好きな教科のバラつきがあったり、球技は出来るが陸上やマット運動が駄目だとか…何かしら苦手のものを持っている、普通の生徒なのである。
寧ろ、目立つ事を極力嫌い、クラスに埋没していたいと思っているような…そんなに起きた事柄は、彼女にしてみると結構ダメージが大きいものであったのだ。
(そもそも‟心労ご乱心事件”って…二二六事件とかそういう問題でも無いし…誰か殺傷した訳じゃないし、寧ろ‟冷奴は料理か否か論争”とかにしてくれれば良いのに…)
そんな風に思っていたところで、あの事件についてはあの事件で終わらせられるのだから時間は戻せないのである。
ちょっとした日常の無常を感じながら、ははてと考える。
(さて、レモンの砂糖漬けと蜂蜜漬けは簡単に出来るとして…伊月君はバスケ部の人に私の事を風潮してるのかが問題だよね…新設校で生徒数が少ないというのに…変なレッテル貼られたら後1年と半分以上の学生生活に支障をきたしかねないし…でも運動部の差し入れにアスリートの体に悪そうなお菓子とは駄目よね?)
自分の今後の学園生活の平和の為に、は差し入れを考えていたが、何を差し入れすべきか手づまりになっていた。
あまり何も考えずに、自分の料理の腕前を披露するなら定石のお菓子なのだが…が気にするべきところは、相手が腐ってもスポーツマンと言うポイントだ。
よくテレビでも、有名なメジャリーガーやサッカー選手など、食事を気を使っているなどと言われている事を頭を掠めたは、高校生ではあるがどうなのだろう?と思ってしまったのである。
(本人に聞くのが一番手っ取り早いけど…ん~)
つい先日やりやった、伊月の事を思いつつは悩む。
結局は、図書委員の後輩である黒子に相談する事に決めた。
本の虫になりがちのと黒子の共通点は意外に多く、交流があるという点も大きいかもしれない。
そして何故だか、影が薄いと言われる黒子テツヤをはかなりの確率で見つけるという特異性も相成って、と黒子の関係は良好だったりする。もしかすると、問題の伊月よりも。
兎も角、は黒子に相談をするべく一年生の黒子の教室を目指した。
黒子の教室は、黒子とクラスメートの火神も在籍している。
実は、は火神とも面識があったりする…のバイト先がマジバで…異常な程ハンバーガーを頼む客と受ける店員という関係が一番なのだが…それについては、ひとまず置いておく事にしよう。
何とも不思議な関係ではあるが、そんな後輩達の元にが足を進めると…そこにはにとって見慣れない、黒子の同級生も黒子と火神の周りに居た。
(おや?友達が居るのに悪かったかな?)
そんな事を思いながら、は黒子達の居る場所へ足を向けた。
突然のの登場にも、黒子達1年生はさしておどろいた様子もなくすんなりとを受け入れた。
そして、目的である差し入れの件を相談すると彼らは口々に提案を口にした。
「先輩の作るバニラシェイクでお願いします」
即決でそう言い切る黒子に、は苦笑交じりに言葉を返した。
「黒子君…私のバイト先がマジバだからってバニラシェイクはどうかと思うよ」
「そうですか?先輩のセティングしたバニラシェイクの味は5本の指に入る美味しさですよ。先輩が休日の朝シフトの時は僕朝から飲んでますし」
「味は変わらないと思うしね…と言うか、バスケットマンが朝からバニラシェイクは体に悪いからね…もう少し体に気を使おうね黒子君」
は溜息交じりにそう黒子に言うと、黒子は渋々頷いた。
そんな黒子の様子を見ていた火神は、にある提案を持ちかけた。
「マジバのバーガーの大量の差し入れでいいんじゃないスカ。先輩、作るの滅茶苦茶早いし…出来ればチーズで」
喜々とした様子で、黒子とメニュー違えど同じ事を言う火神には大きな溜息の後に返す言葉を口にした。
「君のお陰で、ハンバーガーの作るのが速くなりましたよ火神君」
「はぁ…そうすか?」
「そもそも、私が料理が出来ると言う事を分からせる目的なのに…黒子君も火神君も差し入れソレだと本末転倒でしょ?」
「「え?でも…先輩作ってるじゃないですか(スよね)」」
「それは、バイトです。マニュアル通りにすれば、大体の人が同じ味になる素晴らしいシステムです。第一、差し入れ云々よりも…何で…君らはスポーツマンなのに体に気を使わないかな…先輩少し君らの行く末が心配になります」
「いや…自炊してる時は結構気にしてる…ます。本当ス」
慌ててそう紡ぐ火神には、溜息一つ吐く。
「本当に体が資本何だからね気をつけるんだよ」
「「はい(ス)」」
「まったく…困ったバスケ選手だね」
ふーと溜息を吐いた、に火神は何か思い出したように言葉を紡ぐ。
「じゃBLTサンド。しかも特大サイズの差し入れだったら俺は嬉しい…です」
名案だと言いたげに火神はそう言うと、黒子が即座に突っ込みを入れる。
「ハンバーガーとたいして変わりませんよ火神君」
「何だと黒子」
「事実です」
「まぁまぁ、黒子も火神も落ち着こう。先輩困ってるだろ?」
降旗が黒子を窘めると、黒子は小さく肩を竦めた。
「何処かのモデル宛の差し入れだったら困るかもしれませんが、先輩は伊月先輩や僕らの事すごく考えてくれてますから、どんな差し入れだって迷惑何て事ないです」
最初は厳しめの口調、後半は柔らかな口調で紡ぐ黒子。
((この間の黄瀬襲来、結構根に持ってんだな…黒子))
そんな黒子に、火神はじめ一年生Sは心の中で思ったのである。一年生Sの気持ちなど知らないは、黒子の言葉に少しだけ引っ掛かりを感じながらも言葉を返す。
「モデル云々は分からないけど、迷惑じゃないと言うのは分かったよ。やっぱり差し入れは無難にレモンの砂糖漬けとかバナナとかスポーツドリンクとか中心に考えてみるね」
後輩たちの意外に熱い思いに、困惑しながらもはそう口にした。
が…の謙遜やら気づかいなどあまり気にしていない1年Sはそんなに待ったをかけた。
「先輩気にしすぎですって。寧ろ手作りのお菓子とかに餓えてるんで。先輩の手作り差し入れ希望です」
はいはい、と降旗が元気よく手を挙げる。黒子もおずおずと、言葉を紡ぐ。
「僕も先輩のお菓子とか色々食べたいです。寧ろ部活の差し入れ抜きでも食べたいぐらいです」
申し訳無いような声音の割に、結構な主張をする黒子に福田はオイオイと言葉をかける。
「黒子、流石に伊月先輩に悪いんじゃ…」
「ですから、出来ればと言う希望です」
「それ言うなら、甘い物よりガッリした食べ物がが俺は食いたい…です」
火神までそう口にする。は少し驚いた顔をして、それから表情を緩めた。
「作るのは吝かでは無いけど…一応監督の先生とか顧問の先生に相談しないとね」
「大丈夫ですよ多分。監督は先輩と同じ学年の相田リコ先輩ですから」
サラリと告げる黒子に、は言われた人物を思い浮かべる。
(相田さん…スポーツジムの娘さんだったかな?でも何で大丈夫なのかしら?)
「先輩は僕らの事をよく考えてくれてるって分かってくれますよ。それに伊月先輩関連で、先輩の事を確認済みでしょうから」
「ああ…伊月君関連ね…。でも、相田さんとはそんな面識無いんだけどね…まぁ、黒子君達が言うなら良いか」
「はい。深く考えなくて良いと思います」
「じゃ…部活の差し入れ云々関わらず、今度…試食会でもしようか?調理室かしてもらえば、料理とか痛みにくいでしょうし」
そう提案すると、一年生sは嬉しそうに頷いた。
一年生Sと試食会の約束をしてしまったは一先ず、家庭科を担当する教員に調理室の使用の許可をまず取り付けた。家庭科の教員は、少し遠い目をしつつ「青春だな」とボソリと呟き許可を早々にに与えた。
正直にしてみれば、教員の言う青春についてはよく分からないでいたが、約束の第一段階は何とかクリアーしたと胸を撫で下ろしていた。
第二関門としては、伊月の所属するバスケ部の監督との相談が待っている。
(その件については、伊月君に聞けば一発で解決するか)
心の中でそう軽く思いながら、は伊月に声をかけた。
「伊月君、相田さんてバスケ部の監督やってるんだよね。何時頃声かけたら問題無いかな?」
「がカントクに用事?珍しいね、どうしたの?」
「ん。何かよくわからない内にバスケ部一年生Sに差し入れの試食会をする約束しちゃってね。先生からは調理室の借りる許可は出てるけど、相田さんには確認してなくてね」
「…何処から尋ねていいか分からないんだけど…。取り敢えず、彼氏未満だけど一応彼氏に近い俺を差し置いて、後輩が先にの料理食べるってどうなのかな?」
「あっ…そうだよね」
今思い出したと言う表情ではそう口にした。
そんなを伊月は少し寂しそうに見た。
(こないだの事まだ根に持ってるのかな?のあんな怒ったの短い付き合いだけど初めてみたし…)
そんな風に思いながらの言葉を待つ伊月。
「いや…最初は、伊月君に差し入れって思っていたんだけど…。スポーツしてる人に砂糖とか油脂たっぷりのお菓子とか作るのは微妙かな?とか色々思う事があって、で…黒子君達一年生Sに相談したと言うかね」
はははと乾いた笑いを交えながら、は正直にそう答えた。
「分かるんだけど、それなら俺に聞いてくれれば良いと思うんだけど」
「まぁ…。そうなんだけど…どうせなら、サプライズ的な事とか色々思う事があって…」
ゴニョゴニョと言葉が尻ずぼみになる。
この間の事件の人間とは思えないほどしおらしいに、伊月の頬が自然と緩む。
(不覚にも…嬉しいと思ってしまう自分がいる…にしてみれば、この間の逆襲の意味も入ってるんだろうけど…俺の為って思うと何か嬉しい)
は自分で言った言葉に、何だか照れくさいやらでいっぱいだった。
(何か…何だろう恋する乙女みたいで恥ずかしいなぁ…何か調子狂うし…)
「えっと…色々ゴメン。そして、この間の件もちょっと頭に血が上ったと言うか…言い過ぎちゃってゴメンね。で…改めて、試食会をする事になちゃったんだけど、相田さんに許可とった方が良いよね。それと、伊月君、リクエストとかあるかな?」
恥ずかしさでいっぱいのは、矢継ぎ早に伊月にそう言葉を発した。
伊月はそんなを、本人的にはやはり緩みぱなしの表情のまま、柔らかな口調でに返した。
「この間の事については、俺が悪かったし…それは気にしてない。俺の方こそゴメンな。俺はが作ってくれるものなら、お菓子だろうがフルコースだろうが嬉しいけど…体の事を気にしてくれてるなら、俺珈琲ゼリー好きだから、それを作ってくれると嬉しいな。カントクはどうせOKだすから大丈夫だし、俺から聞いておくからは心配しないで試食会の準備頑張ってよ。俺楽しみにしてるからさ」
柔らかな口調と共に紡がれる、伊月の気遣いの言葉には思わず赤面してしまいうつむいた。
(ダジャレ好きと知らないで伊月に憧れを抱く、お嬢さん方なら確実に落ちるでしょうよ…私も思わずトキメイテしまった…しかも、素で言うから質が悪い…)
「あ…有難う。珈琲ゼリー用意しておくね」
「うん。楽しみにしてるよ」
「あのね…伊月君。伊月君がダジャレ以外で凄く良い人なのは知ってるけど…地味に先の科白は正直照れます」
「そう?そう言うつもりは無いんだけど…ん~。家基本、女性の比重高い所為かな?何か駄目だった?」
「駄目では無いんだけどね。何と言うか、私が思わず照れてしまったと言いますか」
「照れると言う事は、俺に少しでも好意を持ってくれてるって思っていいってことかな?忘れてるかもしれないけど、に彼女になって欲しいと思ってるからね」
普段はクール、基本は良い人…大抵ダジャレが病の様に発症する伊月のその言葉には伊月とこうなる切っ掛けの日の事と…今までのやりとりを思い出しながら、金魚の様に口をパクパクするよりどうすることも出来なかった。
あわあわと何も答えられなくなったをしり目に、伊月はスキップでも踏みそうなテンションでの願いを叶えるべく監督であるリコの元へと足早に向かったのであった。
(伊月に落ちるのは時間の問題かもしれない…と言うか、何か当初の問題がすり替わっている様な気がするんだけど…駄目だ、頭働かないわ)
にとっては劣勢か…それとも…伊月にとって優位な展開なのか?色々な思惑が交差する、試食会へと微妙な二人は動き出したのである。
おわし?
2012.9.16. From:Koumi Sunohara