冷奴は料理か否か?  



教室のザワメキをBGMに、学校という日常は今日も巡る。
何時も通りで、何気ない日常。

今日も平和な一日であると誰もが信じ切っていた、お昼休憩の時間に事件が起きようなんて誰も想像などしなかったのである…。




。つかぬことを聞くんだけど」

ダジャレのネタ帳の整理をしていた伊月が、文庫本を読んでいたにそう切り出した。

「ん?何」

は、文庫本から軽く目を伊月に向けて次の言葉を促す。

(伊月君は私の予想の斜め上行くから、何だろう?また、ダジャレかな?)

伊月がいうであろう事を予想しながら、は伊月の言葉を待った。

「えっとさ、って、レモンの砂糖漬けとか蜂蜜漬け作れる?」

おずおずと尋ねる伊月。は伊月の言葉に一瞬固まった。

(今、伊月君何て言った?レモンの砂糖漬け云々言ったかしら?)

言われた言葉を噛みしめながらもは、頭痛を覚えながら、伊月に確認の為に質問を質問で返した。

「聞き間違いでなければ、レモンの砂糖漬けがどうの?って言った?」

普段より低めの声で紡がれるの言葉に伊月は肯定的に頷いた。

「そう。幻聴じゃないんだね。ほぉー」

背景があるのなら、かなり淀んだ渦が渦巻くに伊月は不思議そうにを見返した。

(ん?俺何か変な事聞いたかな?)

そんな事を思いながら伊月はに不思議そうに言葉を返す。

「幻聴じゃないけど、どうかした?」

サラリと紡がれる言葉に今度はが唖然とする。

(何?新手の馬鹿にする感じなの?冷奴作れる?って言うのと同義語でしょ。伊月君私を何だと思ってるのかしら?あ…でも運動部じゃないから無縁だと思ってるのかな?)

少しムッとしながらも、もしかしたらの思いに駆られたは大人の対応よろしく伊月に言葉を返した。

「スポーツ系の部活に入って無いけど、作れるよ。レモンを薄く切って砂糖もしくは、蜂蜜に漬けるだけだもの簡単でしょ」

さも当たり前のように紡ぐの言葉に、伊月が目を見開いて驚きを口にする。

「簡単なの?そもそもスライス…。それよりは作れるんだ、スゲー」

感嘆と困惑を混ぜた声音に、の眉がピクリと動く。

(ん?やっぱり馬鹿にしてる?)

表情が引き攣るのを抑えながら、は伊月を冷ややかに見つめた。

「伊月君…君ね。私がどれだけ料理できない奴だと思ってるのかな?」

普段よりもかなり声のトーンが低い調子では伊月にそう尋ねる。
伊月の方も、の何時もの雰囲気とは異なるこの状況に、漸く何かを感じたのか少し頬を引き攣らせた。

「いや…あの。別にさんが料理できないとかは思ってはいないんだけどね…」

思わず、名前呼びから苗字呼びになる程…のバックは不吉な空気を漂わせていた。

そんな伊月にはスッと目を細め、地を這う様な声音で呪いの言葉を紡ぐように言葉を紡ぎだした。

「料理できないとは思ってなくて聞いてるなら、尚の事…馬鹿にしてるのかしら?そうなの?そうなんでしょ、この残念サラ男が。レモンの砂糖漬けぐらいできるに決まってるんだろうが!そもそも料理ですらないでしょ、冷奴が料理か?え?豆腐切って、薬味のっけて醤油かければ終わり並みに、レモンスライスして砂糖もしくは、蜂蜜に漬ければ出来るだろ!教えれば小学生だって出来るものを、作れるか?伊月のダジャレより笑えるし、臍で茶を沸かすね」

バンっと机を一叩きして、はかなり物騒なもの言いで伊月に言葉を投げつけた。
人格すら異なる様なの様子に、伊月は背中に冷たい物が流れ落ちるのを感じた。

(何か…カントクの怒った時以上の恐怖を感じるのは絶対に気の所為では無いと思う)

ダラダラと流れ落ちる汗と一抹の不安を覚えながら、伊月は弁明しようと口を開いた。

「レモンの砂糖漬けを丸ごとで作る人がいて…もしかして、作るの難しいのかと…」

「あ?伊月笑えない冗談は、お前のダジャレだけで十分だ。どこの世界に、柚子湯じゃあるまいし、丸ごとレモンのレモンの砂糖漬けを作る奴が居るんだよ?」

学ランの襟を掴み、凄い勢いで前後に揺らしながら逆鱗モード突入のの目は完全にお酒も飲んでいないのにすわっていた。

「ゴメン、悪い、スイマセン…本当にゴメン」

お昼休憩が終わるまで、伊月はに対して可哀想なぐらいそんな風に謝り続けたのである。

この日と伊月のクラスでは、‟さんご乱心、伊月のダジャレが心労につき切れる”と言うある意味間違った情報が流れたのである。心労ご乱心事件(クラスメート命名)後の数日間、伊月との間には壮絶なブリザードが吹き荒れたという。




取りあえず矛を収めたさんと伊月君は、色々な傷跡を残しつつも今まで通りの関係を続けていた。
そんな、心労ご乱心事件より数日経った、ある日の図書室。


「そう言えば、この前伊月先輩が死にそうな顔をして…レモンがって呟いてましたけど…先輩知ってますか?」

同じ図書委員を務める、若干影の薄い後輩の黒子にはそんな質問を受けていた。
は、数日前のプチ切れ事件を思い出して少し顔を顰めながら黒子に言葉を返した。

「ん?知ってるも何も…当事者だしね(伊月君…軽いトラウマ?悪い事した?)」

少しばつ悪そうにそう紡ぐに、黒子は不思議そうにを見やった。

先輩のこんな顔初めて見ます…伊月先輩何をしたんでしょうか?)

じーっとを見ながら黒子はそんな事を思う。
黒子の視線を感じたは、溜息一つ吐きながら黒子に質問を口にした。

「つかぬ事を聞くんだけど。レモンの砂糖漬けってレモンはスライスよね。丸ごとじゃ無いよね?そもそも料理じゃないわよね?」

「…」

の言葉に押し黙る黒子に、(変な先輩だと思われてるんだろうな?はぁ…)と思いながら相手の出方を待っていた。

「えっと…世間一般では、恐らく…スライスで問題ありませんし…料理では無いのですが…」

「そうだよね。スライスだし料理じゃないし、誰でも作れるよね」

うんうんと頷きながら、は自分が正しい事を確信しながらも、黒子の言葉に何か引っかかりを感じる。

「ちょっと待ってね黒子君…‟料理では無いのですが…”って何で、断定系じゃないのかな?」

おずおずと尋ねるに、黒子は言いにくそうに言葉を紡ぐ。

「僕だけ特殊なのかもしれないんですが…中学の時のマネージャーさんが作ってくれたレモンの砂糖漬けが丸ごとでして…」

「丸ごと?」

「はい」

「温泉の柚子湯みたいに、ゴロンって感じ?」

「はい。まさしく、その表現が適切な感じです」

「マネージャさんは、男の子だったのかな?」

現実逃避をしたいのか、はそう最後に質問した。

「いえ。女性ですよ。マネージャとしては敏腕でしたが、料理は壊滅的な人でしたけどね」

遠い目をしてそう語る後輩に、先輩であるは聞いてはいけない事を聞いたような気がした。

「そっか…何かゴメンね。私…伊月君に悪い事をしちゃったかも…」

前半は黒子に謝り、後半は独りごとのように紡がれたの言葉に黒子は表情を緩めてに言葉を返した。

「過ぎたことですし…先輩は悪くないです。第一、普通の女の子ならレモンの砂糖漬け作れるか?何て聞いたら先輩みたいな反応になります。そこは伊月先輩の落ち度です。ですが、もし許してあげれるなら…伊月先輩に美味しいレモンの砂糖漬けを差し入れしてほしいです」

伊月の落ち度と、の落とし所をサラッと言ってのける後輩には「そうだね。ありがとう黒子君」と素直にそう返した。

(黒子君は本当に良い子だね…今度、伊月君の分と黒子君達にレモンの砂糖漬けを差し入れしよう)

後輩との語らいで、は心の中でそう誓ったのであった。


この一見の後、は伊月と可愛がっている後輩の為にレモンの砂糖漬けを持って行く事になるのである。



おわし


2012.9.7. From:Koumi Sunohara

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