鳴らないピアノ

−惚れ込む音色と奏でる人−







感情が込められた音は、心に響くものだ。



弾いている人がどんな人かは分からなくても。



音は確実に心の中に滑り込む。



一目惚れとなのかな?私はあるピアノの音色に惚れ込んだ。






変わらない日常は、少しずつ変化はする。
世の中はコンクールだコンクールだと騒ぎ始めていた。

友人である天羽ちゃんが、コンクール担当で忙しいとか、同じクラスで仲良くなった日野ちゃんが急に参加者に抜擢されたりとか…色々騒がしかったけれど。
だけど私は、別に気にするわけでも無く変わらない日常を過ごしていた。
まぁ…普通科の場所でも、様々な音色が奏でられることは…好ましいかなぁ〜と思うけどね。


音楽に溢れる生活が日常だと認識したある日、私は森の広場の人目に付きにくい場所で芝の感触を楽しんでいた。
草や土の香りを吸いながら、体の節々を伸ばしていると最近よく聴くピアノの音色と…ひどく優しいクラリネットの音色が聞えてきた。
私は心地良く響く音色に耳を傾ける。

「音楽…お好き何ですか?」

たまたま森の広場でのんびりと、日向ぼっこをしていた私に…控えめな声が聞え私は思わず顔を上げた。
顔を上げてよく見るが、その声をかけてくれた音楽科の少女には見覚えが有りそうで無くて…少し悩んでいると、彼女は悩みながら言葉を紡いだ。

「えっと…初めましてデス。私、冬海笙子です…音楽科の一年生です…えっと…あの…何か気持ちよさそうに音楽聴いていたので…つい。御免なさい」

言いながら、突然頭をさげるその子に私は…(気の弱い子なんだなぁ〜…)と思ったので、ゆったりと言葉を紡ぐ。

「謝らなくて良いよ。えっと冬海ちゃんで良いのかな?ちなみに私は …普通科の二年ですヨロシク」

そう尋ねると冬海ちゃんは、「はい」と実に控えめな言葉。
それを確認した私は、彼女の問いに答える。

「音楽は…音楽というのかな?結構好きかな…曲名とか意味とか良く分からないけれど、聴くのは好き。そうそうピアノ…ピアノの音も好きだよ。最近聴くヤツ何か凄く感情籠もっていて…演歌ポイし」

先の音色と最近好ましく思っているピアノとの合奏を思い出しながら、私は冬海ちゃんにそう言う。
彼女は私の言葉に、少し不思議そうに首を傾げながら言葉を返した。

「演歌ですか?ピアノで…最近というと土浦先輩だと思うのですが…演歌?」

あまりに困惑気に言うので、私は少し苦笑を漏らして補足のように言葉を紡ぐ。

「まぁ演歌兎も角…哀愁ってヤツね。でも先の音冬海ちゃんでしょ?貴方の音も好きだよ。優しい音だね」

「そんな…私なんて。きっと…土浦先輩が上手くフォローしてくれたから…そう聞えたんだと思います」

「土浦君か誰かは良く分からないけど。冬海ちゃんの音は優しいし好きだよ…ホッとする感じ」

(うん。和むねぇ〜なごみ系だよ冬海ちゃんって)

なぁ〜んて思って和んだのもつかの間。
騒がしいけれど、楽しい天羽ちゃんと日野ちゃんが乱入して、私の和みタイムは強制終了。


だけれど、大きな収穫も有る。
新しい友人に出会えたことと、ピアノの演奏者の名前。
そんな事を胸に私は、彼女たちと他愛の無い話しに花を咲かせた。
遠くで微かに聞える、ピアノの音色を聞きながら。







普通科の校舎をボーっと歩きながら、私は少し前までの日常を思い返していた。
短い割に、昔からあったように触れ合った日々は今はない。
それだって少し前の日常だった。
だけど、今はあの時のように音に溢れた世界は無い。
音楽科は相変わらずだろうけれど、普通科はやっぱり音に出会う機会はめっきり減ってしまった。
勿論あの、哀愁臭わす演歌に何処か似ているピアノの音はパタリと止んでいる。


何時でも聴けると思っていた所為か、私はコンクールには一度たりとも足を向けていない。
そんな事が今更ながら悔やまれる。

(ピアノ…聴き納めになるなって思ってなかたしな…。やはり行けば良かったかも)

後悔ばかり渦巻きながら、ゆったりした足取りで歩く私に賑やかな声がかかる。

「おーい。 〜暇ならちょっとつき合わない?」

尋ねられる声とは裏腹に、彼女の正確を知ってる私は…これがお誘いでは無く連行だと言うことを知っているので…彼女に従う形で歩き出した。




天羽ちゃんに連れてこられた先は観客席。
其処には、何故か日野ちゃんと冬海ちゃんがセットで揃っていた。
先程まで思い出していた人材ビンゴに少しだけ驚きながらも私は、天羽ちゃんの付き合いの為に観客席とコートの境目まで足を向けた。


ちょうどその時だった…。
誰かが蹴り損ねたボールが、私達の居る所に放物線を描いて落下しようとしていた。
私は、そのボールを足の裏の側面でポンと軽くキャッチしながら、軽いリフティング。

それに感嘆の声を上げてくれる三人に私は、いい気になってリフティングを続けると、天羽ちゃんが思い出したように声を上げた。

「そう言えば。 …あんたのお気に入りの土浦君サッカー部だよ。良かったね」

「お気に入り?サッカー…つちうらくん?誰それ」

「土浦君だってば。ピアノ気に入ってるって言ってたじゃん

呆れ口調で言う天羽に、私は「ああ彼か」と小さく呟けば…益々呆れ顔で見られる始末。
そんな私をフォローしてくるように、日野ちゃんがすかさず言葉を挟んだ。

ちゃんは、コンクールには行ってないから分からないよ天羽ちゃん」


「そう言う問題じゃ無いって。知らない人探す方が難しいっていうのに…第一ファンとしては名前ぐらい知ってて当然でしょ」

「でも 先輩は、ちゃんと私達の演奏は聴いて下さってるんです…だから、そんなに責めたら可哀想です」

消え入りそうな声で、天羽ちゃんに反論する冬海ちゃん。

(本当によい子だよね。と言うか、天羽ちゃんはコレに弱いから、静かになる)

ホッとしながら、しみじみ思えば矛先が日野ちゃんや冬海ちゃんからバッチリ外れて…元々のターゲットだった私の方に天羽ちゃんがギロリと視線を投げてくる。

(おやおや…藪蛇ってやつ?これって)

内心ドキドキしながら、私はリズムに乗ってリフティングをしながら天羽ちゃんの言葉を待つ。

「マイペースなのは認めるけどね。だけどね マイペースついでに、リフティングするの止めなさいよ。制服汚れるじゃない」

「胸でトラップしてないから大丈夫だって」

そう言いながら、テンポ良くボールを弾ませる私に天羽ちゃんは呆れ、日野ちゃんと冬海ちゃんは感心しきった表情で私を見てる。
そんな風に馬鹿やりながら、たわいもない話の中背後が急に暗くなる。
そして…。

「お前、上手いなリフティング」

不意にかけられた声に振り返れば、見るからにスポーツマン的風貌のその人が立っていた。
私は流石に驚いて思わずボールを取りこぼし、慌ててボールをキャッチした。

「おやおや。土浦君…部活に励んでるね」

天羽ちゃんがそう声を発したので私は、(ああ…この人が土浦君か)としみじみと彼を見た。

(余りにも哀愁漂う曲だから、少し優男をイメージしていたのだけど…爽やか兄貴何だな〜。イメージって怖いやね)

勝手に想像していた土浦像が全く異なっていて、私は百聞は一見にしかずなのだと痛感する思いだ。
だけど、案外ショックは無く…寧ろ成程と思える自分も居て…その感情には驚かされた。
きっと、弾いてる人自身の姿形など私にとっては関係無いのかもしれない。


(だって私が一目惚れしたのは、彼の奏でる旋律なのだから…ってかなり臭いね〜。でももう聴けないのは残念でならないね)


自分で考えていても臭いことなど思い巡らせる。
短時間で色々考えながらボーっとしている…その間にも天羽ちゃんが、私の紹介と土浦君のピアノのファンだと言う旨を本人の意思を無視して説明すると「へぇ〜」と彼は何やら感心したように言葉を漏らす。

何だか自分の知らない間に、自分の話をされるのは余り気分の良いものでは無いので私は持っていたボールを土浦君にズイっと出して言葉を紡いだ。

「はい…ボール」

「おう、悪いな。つーかお前サッカー好きなのか?リフティング結構続いてたみたいだけどさ」

「サッカーは好きなんだけどね…女子部は無いから帰宅部だね」

ヘラリと乾いた笑いを浮かべて私は土浦君に言えば「そっか残念だな」と短く言葉を返してくれた。
そんな良き兄貴風ぶりに、私は何だか言うつもりの無かった言葉が不意に漏れた。

「土浦君…気が向いたらな、また何時かピアノ弾いてくれると有り難いんだけど…いちファンとして」

思わず出た言葉に、私を始め周りは酷く驚いていた。
まぁ言った本人も驚いてるから仕方が無いのだけど…。
ピアノの催促に、彼は不思議そうな顔をしたが、すぐに小さく笑いを漏らした。

「唐突なヤツだな。と言うか俺はサッカー部なの、サッカーなら何時でも相手してやるよ。お前さんナカナカみたいだし大歓迎だぞ」

上手く流されたが、有る意味嬉しいお誘いの言葉に私は思わず頷きそうになる。
そんな私に、土浦君は畳みかける様に言葉を放ってきた。

「面白いヤツだなお前。えっと だっけ…今度、どっちがリフティング長くできるか勝負しようぜ」

ヒラヒラと手を振って、「そうだ…ピアノな…気が向いたらな弾くさ」と呟くように言葉を紡ぐと土浦君は私が渡したボールを持ってコートに戻って行った。
私は去り際に言われた言葉にガラにもなく、嬉しいような…何ともいえない気分になり思わずその場に立ちつくした。






私の行動に馴れきっている天羽ちゃんは、日野ちゃんや冬海ちゃんに…。

「用が有るなら行っても平気だよ。何時もの事だし…つーか私も行くしね」

などと声をかけていたのは、少しだけ聞えた気はする。
そして…しばらくボンヤリと見送っている間にも、時間はゆったりと流れる。
私の周りにも先とは違う人が通り抜けてゆくし、天羽ちゃんも日野ちゃんも用が有ると言って居ない。
勿論去って行った土浦君も居ない。



私も又、動く時間に合わせる様にゆったりとした足取りで正面門に向けて歩き出した。



正面門に入り、ファータ像の前を通り過ぎようとした時だった。不意に耳に心地の良い音が入った。

「終わりでは無いぞ。コンクールはあくまて始まりに過ぎないのだから…」

そんな言葉が風にのって何処かから聞こえた気がしたのは…私の気のせいだろうか?
だけど、気のせいであったとしても…その言葉が伝える様に、何かが始まる気がする。
それが例え予感や予測の範疇でも。

私はひそやかに、また何時か奏でられるピアノの旋律を心待ちにしながら家路への道を足取り軽く歩いたのだった。




おわし


                                2004.6.1. From:Koumi Sunohara



★後書き+言い訳★
初コルダ何ですけどね。しかも一応土浦君。
何処が土浦君なのか?色々不明ですし…あんまりドリ臭くないですが…一応土浦君何ですよ。
私の中で。寧ろ日野ちゃんやら、冬海ちゃんに天羽ちゃん贔屓なような。
ともあれ、お付き合い戴き有難うございました。


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