大地の鼓動
−自然が生み出す音楽−




長い人生。人間80年なんてざらになる今日この頃。
その間に人は色々な人達に出逢い別れを繰り返す。


ごく普通の生活をする上で、特別なことが無い限り…そうそう変な人間には出会ったりしない…と思う。
まぁ稀に、そう言った人達に数多く出会う人も居るから…一概には言えないだろうけれど…少なくとも私は、変わった人に頻繁に見かけることは無かったのだ。


例えその変わった人に出会ったとしても、無視をするとか…行きずりだとか…そんな風にあっという間に接点が無くなっていくもの。
だから、今回もそうだと思った。



もしも可愛い顔をした少年が倒れていたら

しかも学校の敷地内で

大きな楽器のケースと共に倒れていたら

貴方はどうしますか?


そう…其処に、可愛い顔をした男の子が人通りの多い場所で寝転がっていたのだ。
気にならないと言えば嘘になるけれど…私は取りあえず無視をする。


だって…そうでしょ?いくら顔が良かったと言ったって…変わっている子に近づくには少なからず勇気だっている。


気の木陰とか、ベンチでうたた寝…もしくは屋上でサボりがてらに寝てるなら。
そうそう言ったところで寝てるなら…私も不思議に思ったりはしないだろう。
でも目の前で眠りこけている少年は…(と言っても恐らく私と一つしか変わらないだろう…けど…)人通りも結構な芝の上で、大きなケースを傍らに眠ってる。


ちなみに…。
分かるのは…制服は白いブレザーだから、音楽科の生徒だと言うことだけ。
私はどうしたら良いか、思案しつつ…彼に声をかける事にした。

「ねぇ…そんな所で寝てると色々な意味で危ないよ」

少し声のトーンを落として、私は寝ころぶ少年に声をかける。
だけど彼はピクリとも動かない。
私は、もう一度声をかける。

「踏まれたりもするかもしれないし…風邪をひくかもしれないよ」

やんわりと忠告の言葉を紡ぐが、彼は何処か眠そうな瞳のまま私の顔を凝視しながら言葉を紡いだ。

「えーっと…先輩は何の先輩でしたっけ?」

突然言われた噛み合わない言葉に、今度は私が彼を凝視してしまう番だった。
唖然とした表情で、見る私に彼は少し首を傾げながら言葉を放つ。

「だって先輩でしょ?」

「何でそう思うの?」

脈略もない言葉に、私もあえて疑問に疑問で言葉を返す。
すると彼はその事にさして気にした様子も無く、私の問いに言葉を返す。

「何となくでしょうか…言うなれば勘です」

零れたように付け足された「でも合ってませんか?」という言葉に、私は「合ってるけどね」と肩を竦めて言葉を返す。
私の言葉を聞いた彼が、少し首を捻りながら言葉を放つ。

「やっぱり。でも…先輩が何の先輩か思い出せないんです…スイマセン」

とてもスマナそうに言いながら、彼はそう言う。
私は、小さく溜息を吐きながら彼の為に補足の説明を言うために口を開く。

「知ってるわけ無いよ。だって初対面だもの君と私は」

そう言えば、彼は合点がいったと言った表情でニッコリ笑った。

「音楽科一年の志水です。ヨロシクお願いします先輩」

ペコリと礼儀正しくお辞儀をしながら、志水君は自己紹介した。
私はその様子に戸惑いながらも、彼に習って自己紹介をする事にした。

「はぁ〜。えっと私は …見たとおり普通科で二年生だね」

自分の制服を示しながら、そう言う私に志水君は「やっぱり先輩ですね」と小さく呟く。
そんな志水君に私は、再度始めにした質問を彼にした。
そう尋ねると志水君は、今度こそ私の質問に答えてくれるのか…ゆっくりと言葉を紡ぎ出してきた。

「音を聞いていたんです」

何処か遠くを見てそうな瞳で志水君は至極当然にそんな言葉を紡ぎ出す。
私は目を丸くしながら、彼を凝視するけれど…志水君はニッコリ笑ったまま。
嘘や人を騙すという悪意も感じない彼の様子に私は首を傾げながら、口を動かした。

「音?楽器とかの音?」

彼の傍らに有る楽器のケースに視線を巡らせながら私は、志水君に尋ねた。
すると彼は軽く首を横に振ると、地面を指さし言葉を発した。

「イイエ…。大地の音を聞いていたんです」

「地面って音するの?」

素朴な疑問を尋ねたら、彼は「はい」と短く返事をした。
そして、志水君がゴロリと芝にまた寝ころび私を見上げた。

先輩も転がってみれば分かりますよ」

言われて、私もゴロリと芝生に寝ころぶ。
柔らかい芝が頬を擽り、鼻には土と草の優しい香りが仄かに香る。


風が吹く度に揺れる草のざわめき。
人が歩くことによって生まれる微かの振動。
確かに考え方によっては、小さな音が聞こえると言っても良いと思える音。


普段ただ何気なく、歩いていれば気がつくことが出来ない音達が…確かに志水君の言うように其処に存在した。

「音と言えば…音だよね。うん…悪くないね」

音を聞きながら私はこぼれ落ちるように言葉が漏れる。
ソレを聞いた志水君は、「でしょ。世界には色々な音で溢れてますから」と嬉しそうにそう言った。
本当に嬉しそうに言うものだから、私も思わず言葉を零していた。

「そっか…。自然が生み出す音楽ね…結構素敵なことだね。気が付かなかったけど…」

私の呟いた言葉に、志水君の反応は無かったけれど…私は気にせず芝に耳を寄せた。




どれだけ、そうして居ただろう?
志水君の存在を忘れそうになった頃…不意に彼がボソリと言葉を紡ぎ出してきた。

「ねぇ 先輩。もしも 先輩が…音楽が…クラシックが嫌いじゃ無いのなら。今度コンクールに見に来ては貰えませんか?」

「コンクール?」

「はい。今学校でやっているコンクールですよ。先輩と同じ科の土浦先輩と日野先輩も出てらっしゃいます…。あと…僕も参加してるんですが…。ご存じないですか?」

言われた言葉に私は(そう言えばそんな事も有ったか…)など思いつつ、私は言葉を紡ぐ。

「其処に行けば、君の音楽に出会えるの?」

そう尋ねれば志水君は、「はい」と短く返事を口にした。

「そっか…じゃー行ってみようかな」

不意に出た言葉に、志水君は少し驚いた表情をしてから…柔らかく微笑んだ。

「来てくれるんですか?尚のこと僕も頑張らないと…。それじゃー 先輩僕はこれから練習に行きますので…コンクールの日来て下さいね」

眠そうな瞳から、少し楽しげな色を乗せた瞳で志水君はそう言うなりフラリと何処かへ消えていった。
私は、めまぐるしく進む現実に驚きながらも取りあえず芝の上でボーっと佇むことにしたのだった。




志水君が練習に行ってしまってから、私は未だ芝の上に居た。と…言っても、寝ころんでるわけでは無く…芝の上に座っているのだけど。
そこで私は、今日起きた出来事をぼんやりと思い巡らせていた。


変わった人に関わらない生活を送ってきたけれど…。
(たまぁに関わるのも悪くないのかな?)と心の中で思う。
そして…一つ言える事は、私もそうとうの変わり者だったと言う事。

(まぁそれでも、志水君と言う存在に出会えたから…変わり者も悪くないか…)

そんな気持ちすら生まれるのだから、出会いとは不思議だ。

それに…。

(コンクールに興味は無かったけれど、この不思議少年の奏でる音色を聞けるのなら…コンクールに行くのも悪くないかな?)

何て思えたのだから…。



大地の胎動により

新たな何かが始まるように

私の中でも新しい何かが

動き始めたような…

予感が生まれた





END

                  2004.6.14. From:Koumi Sunohara



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