運動は好きだ。見てるのもやるのも。 でも芸術面にはあまり感心はない。
絵は綺麗だと思う…美しい作品には確かに見ていて悪い気はしない。 でも…それだけ…。 スポーツに対する高揚感や様々感情に比べると雲泥の差である。
そう言った訳で音楽を身近に感じることの出来る学校に通いながら…私はクラシック音楽に何て興味すら抱かなかった。 寧ろ…高尚な音楽と言うのは肌に合わないと思っていたし…、受験で音楽鑑賞が趣味だというヤツの気が知れなかった。
クラシック=金持ち、インテリの為の音楽
そんな固定観念に囚われて、聞く気なって起きないし…聞く必要も無いって決めきって今の今…高校二年現在ですら思っていた。
なのに…何故だか最近耳にするバイオリンの音色に私は不思議と惹かれ始めていた。
高尚な音楽何かじゃ無い
何処か親近感を生む音色
けして上手い訳では無い
それでも…その音色を求める
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それが同じ学年で…同じクラスの…何処にでも居るような日野さんが奏でていると知ったのは…本当にたまたまだった。 クラスの誰かが話し、運動部でよく会う土浦君が話していた…何気ない会話の中で聞いたにすぎない単語だった。
だけど彼女の奏でる音色は嫌いじゃなかった。 高尚すぎず…何処か自然でなじみ深い。 決まった時間に聞こえる練習の為の演奏を聞くのが…気が付けば習慣になっていた。
それなのに今日の音色は何時もと違った。 無理してる…そんな感じ。
だからだろうか…普段彼女が演奏していても声をかけたり賞賛する事のない…私が、何故だか今日は動いてしまったのだ。
「ねぇ…もしかして調子悪いの?」
思わずそんな風に彼女に声をかけていた。 我ながら、何とも脈略もない声のかけ方だと少し悔やまれるけれど…同性同士なので変に構えられることも無いだろうから、良いんだけど。
色々私が思いめぐらせてることなど知らない彼女は、少し困った顔をした後に言葉を返してきた。
「そうかな…何時もと同じように弾いていたつもりなんだけどね」
苦笑を浮かべて言う彼女に私は、少し考えるような仕草をとってから口を動かした。
「私は普段の日野さんの音色の方が好きだから…何となく思っただけ。違うなら別に良いんだけどさ」
何気なくそう言えば彼女は、ちょっと驚いた顔をして私を見た。
「うんうん…ちょっと悩んだりすることが有ったから…音に出たのかも。そっか…出るんだね…」
何か一人で納得するように言う彼女に疑問を抱きながら「そうなんだ…コンクールも大変だね」と小さく呟けば、彼女は曖昧に微笑んだ。 益々彼女の調子に困惑しながら、私はこの微妙な間をどうしたものだろう?と思案する。
するとどうだろう?私が動くよりも日野さんが不意に言葉を紡ぎ…この微妙な間を崩したのだった。
「
さん…変な事聞いていい?」
意を決したように彼女はそう私に言葉を告げた。
「何?」
「もし…私のバイオリンが魔法がかかっていて…。それによって弾けていたらどう思う?」
バイオリンをギュッと握って、悲痛な面持ちで私を見て言う彼女に…それは“もし”では無く“事実”で有ることは明確で有ることを証明しているようだった。 非科学的な事はあまり信じられないけれど、よく考えれば初心者である彼女が急にバイオリンの音を出せる奇跡に…あり得ない話じゃない事に気が付く。
だけど私、その魔法によって弾けることに対してあまり興味が無いので…サラリと言葉を返してた。
「別に良いんじゃ無い」
私は日野さんの言葉にそう返した。 すると彼女は少し驚いた顔で私を見たのだった。
「だって…私が例えばそのバイオリン弾いたとしても。日野さんの音楽にはならないと思う。それにね…何もせずに弾けるバイオリンって逆に難しいでしょ…自分の色が要らないんだもの…それでも貴方の音は日野香穂子だって主張してるよ。あとね…誰でも弾ける凄いバイオリンなら…もっと巧いでしょ」
「
さん…」
何とも言い方雰囲気に私は、ハットなり慌てて言葉を紡ぐことにした。
「あっ…ゴメン…下手とか言っちゃって…不快な気分になっちゃったよね。ゴメン」
「違うの…下手なのは自覚してるし…本当のことだもの。本当は自信なんて無かったの…それにこんな夢みたいな話を信じてくれて…それでいて…ちゃんと聞いてくれた人が友達以外に居なかったから…嬉しくて」
本当に嬉しそうに言う彼女に、私は上手い言葉が思いつかないまま言葉を紡いだ。
「私には音楽なんてよく分からない」
そう言って私は一旦言葉を切って、一息置いて言葉を紡ぐ。
「だけど…日野さんの奏でる音色は好き。何て言うのかな…馴染みやすい…気が付けばその音が当たり前にいるように…ともかく好きだと思う」
「有り難う…。何か
さんに言われたら何だか元気出てきたよ」
そう言ってニッコリ笑う彼女に私も、笑い返す。
「そう思うのなら。普段通りの日野さんの音色を聞かせてよ…楽しみにしてる人間もいるんだからさ」
私がそう言えば彼女は、もう一度優しい笑顔を見せて小さく頷いた。 私は…日野さんの立ち去る姿をただ黙って眺めたのだった。
それから少し経ってのことだった…。 日野さんが出て行った教室の逆のドアから、意外な人物が顔を覗かせた。
「よっ
」
少しバツ悪そうに私にそう声をかけたのは、同じ学年のよく日野さんの話をしてくれる土浦君だった。 恐らくバツ悪い表情の所を見ると、彼は私と彼女の会話を少なからず聞いていたに違いない。
そんな分析を心の中でこっそり思いながら、私は彼に返すための言葉を紡ぐ。
「さてはて何処まで聞いてたんだい土浦君?」
私の言葉に肩を竦めて肯定して見せ、土浦君は何時もの調子で言葉を紡ぐ。
「しても…
が音楽に感心が有ったことが驚きだが…日野の音楽をちゃんと理解していたんだな」
心底感心してると言った表情で土浦君は私に対してそう言った。 何気なく失礼な事を言われていることは十分承知していたが、あえて私はそれに無視をして彼の言葉に返事を返す事にした。
「音楽には感心は無かった…イヤ…彼女の奏でる音色を聞くまではね…。それにバイオリンは普通の楽器と違って、ちゃんと音を出すのすら難しい楽器だもの…その位は音楽に感心が無い私だって何となく分かる。それなのに…弾けるって事は何か絡繰りがあるって事でしょ」
「音楽に感心無い割に結構見てるなお前。まぁ…当たってるけどさ…。ちなみに月森は魔法のバイオリンに対して卑怯だと言ったそうだぞ」
私がどんな答えを言うのか、期待する様に彼は興味深そうにそう言った。 私はと言うと、土浦君の言葉に(ああ…私と会う前にきっと月森君に言われたんだ…卑怯だと)と普段と音色の違った彼女の事を思い出してそう思った。
だけど私はその事には触れずに、彼の求めている答えを口にするべく口を開いた。
「卑怯か…まぁそう思う人もいるだろうけどね。でも…魔法のバイオリンから普通のバイオリンに変わることになったとしても…日野さんの音色はそのままだよ」
キッパリと言い切れば、土浦君は不思議そうに私を見て。 小さく言葉を漏らした。
「何処から出るんだその自信」
「音は出る。音は出ると弾けるは違うよ…先日野さんに言ったけど…弾けるならもっと上手い。だけど、彼女の演奏はお世辞にも上手い訳じゃない。だから…何時か普通のバイオリンに変わっても彼女の根底は変わらないと思う」
「成る程ね。まぁ…そうだろうな…彼奴は…日野は頑張ってるし」
何処か優しそうな瞳で言う土浦君に私は彼も又、日野さんによって何かが変わったのだろうと勝手に思った。 まぁきっとそれは間違っていないのだともうけど。
「そうだね…頑張ってるよね。だからね土浦君…私はね…きっと何時か…彼女の…日野香穂子の音楽が…彼女を理解できなかった人達にも微かでも気がついて欲しいとささやかながら願うよ」
我ながら臭い科白だと思いながら、そう言えば…彼も黙って頷いた。
そして何時もの彼女らしい音が戻ることを念じて、私は同じ想いを抱く土浦君と共に放課後の教室を後にしたのだった。
私が彼女の奏でる音への想いは…
音色に恋をする
その言葉一番似合うのかもしれない
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END
2005.1.27. From:Koumi Sunohara
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