思いがけない解禁日 |
十一月の第三木曜日はボジョレー・ヌーボーの解禁日。
ワイン好きの大人から…話題作りの材料として楽しみにしている人も居るだろう。
ハッキリ言ってお酒とは縁の無い未成年の学生さんには関係ない日である。関係有るとしたならば、奇しくも今日はミッキーマウスの誕生日って所ぐらい。
その位未成年にとっては余り面白い日とは言えないのだ。
だから今日は越前家でも何も変わる事の無い朝が始まっていたのは不思議な事はない。
美味しそうな朝食の匂いが立ちこめる居間に、越前家の親父どのや息子で有るリョーマより先に 巴は朝の席についているのも何時もの日常。
だからこそ彼女は毎朝の日課である、菜々子さんと倫子さんの朝ご飯の準備をしながら、家主とその息子殿の登場を待っていたのである。
巴が朝の準備の補助をほどなく終えた頃パタパタとスリッパの音を立てながら、愛猫をじゃれっかされるリョーマがリビングに現れた。
それに気がついた 巴は、ひょいと顔をあげてリョーマを見た。
「おはよう!リョーマ君」
足下にカルビンをじゃれつかせながら登場したリョーマに 巴は明るい挨拶を交わす。
始めの内は馴れていなかったリョーマも 巴に感化されているのか眠いながらも 巴に挨拶を返すべく欠伸をかみ殺しながら口を開いた。
「おはよう 赤月。今朝も無駄に元気そうだね」
朝からのテンションの高さに呆れる様な関心したような気分でリョーマは 巴を眺める。
言われた 巴は別に気分を害した様子も無く、サラリと言葉を紡ぎだした。
「無駄は余計。そう言うリョーマ君こそ相変わらず朝弱いよね。テニス部は朝練毎日有るって言うのにさ有る意味関心しちゃうよ」
目には目を…イヤミにはイヤミをの如く 巴はしっかり反撃していたりする。
リョーマは 巴のイヤミ返しに気を止める事無く逆に言い返すべく口を動かした。
「そう言う所が、無駄に元気って言うんだよ。本当にまだまだだね」
肩を大げさに竦めてリョーマが言えば、巴は苦虫を噛み潰したように悔し気に顔をしかめて見返すが、深呼吸一つ吐いて 巴は反撃をする事にした。
「リョーマ君セクハラだ!と言うよりもう少し遠慮した物言いで言ってよ」
「 赤月相手に今更遠慮って言う言葉と…セクハラは皆無に等しいね」
「ぬーっ。何時かその口を縫い付けてやるんだからね」
「期待しないで待っててあげるよ。それより朝ご飯食べちゃうよ」
言い争いが終わった後、二人は朝ご飯を着々と胃袋の中に納める事に集中する事にしたのだった。
まぁコレも何時もの越前家の日常なのだが…。
けして静かとは言い切れない朝の食卓に響くはテレビの音。
朝特有の天気やらニュースやらの情報が流れている。
そんな黙々と食べている時間で、不意にテレビのニュースが二人の耳に入る。
それは…ボジョレー・ヌーボーの事だった。
ブラウン管の中で楽しそうにボジョレー談義に花を咲かせる大人達に 巴は箸を銜えたまま、テレビに釘付けになっている。
少々行儀が悪い 巴にリョーマは呆れた顔で彼女を見る。
リョーマから不躾な呆れの顔に 巴は行儀の悪い姿勢のまま口を開いた。
「何よ〜その呆れ顔わ」
しかめる顔の 巴を後目にリョーマは呆れた様子の表情で言葉を返す。
「あのさ…行儀悪すぎ…。つーか俺らに関係無いじゃん。未成年だし」
食後の緑茶を啜りながらリョーマは至極当然に言葉を紡ぎ出す。
常識的なリョーマの物言いに巴は"えーっ"と非難の声を上げた。
「乾先輩辺りなら関係してくるんじゃない。データーマンだから」
「まさか…幾ら雑学王クラスのデーターマンでも、さすがにお酒まで手を伸ばしたりはしないと俺は思うけどね。つーかそんな発想は 赤月ぐらいでしょ」
リョーマは肩を竦めてキッパリとそう言う。
だが言われた 巴は何処か釈然としない様子でリョーマを見返す。
「何だよ。そんなに気になるんなら乾先輩に直接聞けば良いじゃん」
「そんな事を聞いた日には…乾ヌーボー汁を作るに決まってるじゃない」
言いながらプルプル震える 巴にリョーマはこっそり(思ってだけでも怖いことじゃん)と思ったりした。
「震えるぐらいなら考えない方が精神衛生的にも良くないんじゃない…そんな事より朝飯さっさと食べないと朝練遅れるけど良いワケ?」
最後の最後までごもっともな言葉を紡ぐリョーマは 巴にそう促したのだった。
何やら文句の有りそうな 巴だったが、実際恐ろしい事を朝から口走ってしまった事を後悔しつつ朝ご飯へのラストスパートをかけた。
擦ったもんだで、何とか朝練に間に合った 巴・リョーマ両名は…しっかりと朝練を終え学校内に入るために玄関付近に居た。
そんな最中聞き馴れた明るくよく通るソプラノが二人の耳に入ってきた。
「 巴ちゃん、おはよう」
弾む声で声の主である桜乃は 巴に朝の挨拶をする。
「おはよう桜乃ちゃん」
声をかけられた巴は振り返り、軽く手をふって桜乃に応える。
珍しく自分の存在を忘れられているリョーマは珍しいモノを見るように桜乃を見ながら、彼も又桜乃に朝の言葉をかけた。
「おはよう竜崎。と言うか俺も居るんだけどね」
リョーマの言葉に少し慌てながら、桜乃は少し恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。
「あっ…リョーマ君もおはよう」
「何時も慌ててるけど今日も一段と大慌てでどうしたのさ竜崎」
「あのね…今日朝から珍しい事が起きちゃって…と言うか朝から乾先輩に急に呼び止められて…少し動転しちゃったの」
身振り手振りを交えて言う桜乃の言葉に、黙って聞いていたリョーマの背筋には厭な汗がタラリと伝った。
(何か…俺凄い厭な予感するんだけど…)
背中に伝う厭な汗と巡る思いを抱きつつ、リョーマは二人のやりとりを大人しく見守るのだった。
そんな思いなど微塵にも感じていない 巴と桜乃は何時ものマイペースぶりを大発揮させて会話を続けている。
「そっか…大変だったね。で…何があったの?良かったら教えてくれないかな?」
ニッコリ笑って 巴がそう口にすれば、桜乃は思い出した様に言葉を紡ぎだした。
「そうそう 巴ちゃんに伝言頼まれていたんだったよ。忘れる所だったわ」
「ほーっ…伝言ね…何だろう?」
首を傾げて巴は思考を巡らせるが、イマイチ何の伝言なのか思い出せない。
(可笑しいな…乾先輩もう引退してるし…いったい何なんだろう?)
そんな事を色々思いながら巴は桜乃の言葉を待った。
「あのね…乾先輩が新作が出来たから是非って言えば 巴ちゃんなら分かるって言われたんだけど。 巴ちゃんは分かる?本当はポットを渡される所だったんだけど…おばあちゃん来て…結局伝言だけ頼まれたの」
言われた言葉を違えない様に桜乃は息継ぎするのもままならない様子で言葉を吐き出し…すこし大きく息を吸ってから「どういう意味か分かる?」と心配気味に口にした。
その桜乃言葉にリョーマと 巴は一斉に顔色を悪くさせた。
((まて…マサカ…乾ヌーボー汁??))
しかし何も知らない桜乃にむやみやたらに心配をかけるべきでは無いと思ったのか… 巴は取りあえず言葉を紡ぐ。
「ポットね…ポットか…成る程…何となく予想がついたよ」
「え?凄いね巴ちゃん。それだけで分かるんだ…。そうだ乾先輩まだ近くにいるかもだよ」
「いいよ取りあえず予鈴鳴っちゃうしさ…帰りにでも会いに行くから」
乾いた笑いを浮かべながら巴は言う、そんな彼女に桜乃は「でもなんの事なんだろう?」と興味深そうに小さく呟くが、そこにナイスタイミングでリョーマが思考そらす言葉を口にした。
「竜崎…知らない方が人間幸せって事も有るんだし…気にしない方が良いんじゃない。それより、モタモタしないで教室行く方が有意義だと思うけど」
「そうだね。じゃ教室まで二人にご一緒しても良いかな?」
桜乃の言葉に二人はコクリと頷いた。
斯くして巴の不吉な予言は、形となって彼らの前に現れた。
波乱の乾汁ヌーボーはこの後もテニス部に怪しい影を落とすのは言うまでも無いだろう。
END
2004.12.13. From:Koumi Sunohara
★後書き+言い訳★ |